第七話 まだ見ぬ二階
「ただいまー!」
にゃあ? 誰か帰ってきたようだ。
すりっぱの中で眠っていたわたしは再びゲージの中に移動させられていた。頭をぶんぶん振り、現実世界へと覚醒する。
「むぎー! ただいま、帰ってきたで」
この無駄に大きな声は少年か、いつも元気があって喜ばしいことだ。
案の定少年がおばあちゃんのヘヤへと入ってきた。今朝見た堅苦しい格好はしておらず、よれよれのくだけた服装をしていた。ふむ、無事に帰って来れたか。
猫の世界ではボスにお見通しをする際に他の猫から少々荒っぽい歓迎を受けることがある。ママがそうこぼしていたのを思い出す。少年が行ったコーコーにはそのような輩はいないようだ、少し安心したな。
「ああ、高校疲れたわ。でも、今日は帰ったらむぎに会える思ってがんばったから楽やったよ」
やはりコーコーとやらは疲れるような場所なのか、大変だな。しかし、わたしに会いたかったと? ふふふ、かわいらしいところもあるようだな。よし、わたしも退屈していたところだ遊んでやろう。さあここから出してくれ。
「なんやむぎ、ゲージから出たいんか? よしよし今出したるからな」
少年の手に乗りゲージから脱出。さらばだゲージよ、わたしを閉じ込めるには少し早かったな。
少年はおばあちゃんのヘヤにある人間の寝床に寝そべるとわたしをお腹においた。
地面とは違う不思議な感触だ。ほどよい堅さの中にわずかな弾力を感じる。これは……ママのおっぱいの感触に近いな。ふみふみ、ふみふみ。
「うわ、むぎちゃんごろごろ言ってる! ごろごろはできんねんな」
え? おお! ふみふみしているうちに自然に喉が動いていたようだ。これは鳴けるチャンスだ! この喉の動きを利用して……ホッ、ヤッ、とお! だめだ鳴けない。そもそもどうやってごろごろ言っているのかすら分からない。本当に無意識なのだ。
ふみふみを中断、喉の動きが止まった。ほんとにどうなっているのやら。
せっかくなので少年の上を少し散歩でもしてみるか、まずは長い脚を歩き足先まで向かう。ちなみにわたしから見た『長い』であって人間の中ではどうなのかは分からない。少年よわたしから見れば羨ましい長さだぞ、わたしから見れば……な。
「あはは、なんかくすぐったいわ」
少年の反応に満足だ。何となく足の指をぺろぺろしてやろうかと思ったが、何かがわたしにそうさせなかった。なぜだろう。
再び少年の登頂を開始、目指すは頂!
八合目まで登っただろうか、今わたしは少年の胸の上で休憩している。
「ふああ、何か寝転がってたら眠たくなってきた。なんか……ね……」
少年は目を瞑り寝息を立て始めた。こらこら、君までわたしの仕事をこなさなくていいんだよ。寝子はわたし一匹で十分だ。
しかしどうしようか、わたしは今の今まで眠っていたからあまり眠くはない。りびんぐに行きたいがこの人間の寝床は背が高くて降りられない。ふうむ困った。
周りを見渡してみる、なにか使えそうなものは……お! 寝床の上にかけてある布が地面まで垂れ下がっている。しかもこの布はふわふわで爪が掛かりやすそうだ! これはいける。
ふわふわ布に爪を絡ませ、両手を使ってゆっくり降りる。
落ち着け、落ち着けわたし! あせるなよ……あ!
半分くらい降りたところで手がすべってしまった。
落下の瞬間に体を反転、両足を下にし着地!
あれ? 全然衝撃がこない。これならば寝床の上から普通に飛び降りても大丈夫だったのではないか? うむ、次からはそうしよう。
おばあちゃんのヘヤから窓を通ってりびんぐに移動。おや、誰もいないようだ。入り口が開く音はしなかったのでオカーサンは巣の中にいると思われるのだが。
ちらりと、左のほうにある二つの開閉式壁を見やる。ひとつはショクドー、もうひとつは巣の入り口がある通路に繋がる。どちらにも猫用の窓がついている。
そういえば初めて巣に入ったとき、通路の先になにかあった気がする。その時は入ってすぐ左にあるりびんぐに連れて行かれたのだが。そうか、その先にオカーサンがいるに違いない。早速探検してみよう。
さあ働けわたしの四肢よ、地面をしっかり掴み風のように駆けるのだ。
わたしにしては目一杯のスピードで通路へと躍り出る。右には入り口の開閉式壁、左は細長く奥へと続いている。通路には他にも二つ開閉式壁があったがそこには窓がついていなかった。人の気配がしなかったし、今回は無視させていただこう。
通路の奥まで歩いていくと上へと登る段差があった。かなりの数があり今のわたしには少々きつそうだ。その場でがっくりとうなだれる。
「おい、お前。むぎと言ったか」
突然かけられた声に驚き、顔を上げる。段差の一番上に例の同居猫が座っていた。
「お母さんたちはお前の同居を認めたようだね、あたしは彼女たちの決定には逆らえないから従うしかない……けどね、覚えておきな! この家の女王様はこのあたし、ちょこ様だ。あたしはあんたとなんか仲良くするつもりは毛頭ないからね」
あの同居猫は他の猫とは相容れない性格のようだ。わたし個人としては仲良くしていきたいと思っていたのだが……少し残念だ。ただ彼女の発言から、わたしに対する嫌悪感は見受けられたが、敵意までは感じられなかった。敵意がなければ身の安全は保障される、よかったよかった。
「あと、二階はあたしの縄張りだからね! あんたのせいで一階に行きづらくなっちゃったんだから、少年には遊んでもらえなくなったし……散々だわ」
そういうと同居猫は奥に消えてしまった。どの道この段差はわたしには登れないし、仕方がない少年のところに戻ろうか。
もう少しで完結です。十話までがんばります!




