第四話 最後の試練
無事に排泄を済ませた後、わたしはオカーサンに連れられてショクドーに向かった。
りびんぐとショクドーを結ぶ通路は段差の連続になっていて下へと続いている。ふと下を覗いて見るととてつもない高さがあった。落ちればひとたまりもないだろう、ぶるぶる。
ショクドーに着くとなにやらいい匂いが充満していた。わたしの背丈の10倍ほどある四本足の板の上には食べ物が置かれている。どれも湯気を立ててものすごくあつそうだ。
わ、わたしは遠慮させていただこう、何分猫舌なもので。お気持ちだけでもありがたいです、ハイ。けっして食べたくないわけではございません。しかし、今日来たばかりの新参者にこのようなご祝宴を開いてもらえるとは頭が下がる思いであります。
「今日も美味しそうやな。あ、むぎにもご飯あげよか」
「そうやね、いつものとこに猫缶あるから出したって」
少年は段差をいとも簡単に降りてくると、わたしの目の前に皿を置いた。
おお、これはこれはなんとも上手そうな。四本足の上の物はあなたたちのご飯だったんですね。ホッ……
では早速いただきまーす。ムシャムシャ、うんいい味してる合格だ。
しかし少年よ少し多すぎないか? わたしの頭の大きさほどの量があるぞ。既に腹八分目には達しているのだが、目の前の小山は半分ほどしか削れていない。
だが少年の好意は無下にするわけにはいかない。見ておれよわたしの底力を、うおおおお!
「うわあ、むぎめっちゃお腹空いとってんな。全部食べちゃった」
「獣医さん曰く、むぎちゃんの体重は平均の半分以下らしいからな……ろくなもん食うてへんかったんやろ。むぎちゃんいっぱい食べて大きくなりや」
確かにろくな物を食べていなかったのは事実だが、わたしが全部食べたのは半分君のせいでもあるのだぞ、少年。あどけない表情を浮かべおって、罪深いな君は。
食事後、わたしはオカーサンと少年に連れられてりびんぐにあがった。
お母さんと少年はこれまた四本足のやわらかい皮が張られた物体に座っている。ショクドーの四本足より背が低い。わたしはこれと同じようなものをどこかで見たことがある気がするのだが、いったいどこだったかな……そうだ公園に似たような物があった。あちらは固そうだったが。
わたしはどこにいるって? もちろんオカーサンの膝の上さ。
「お父さんびっくりするかなあ。お母さんまだ伝えてへんのやんな?」
「うん、まだ言うてへん。飼うていいって言うてくれたらええねんけどな」
オトーサン? そうか、この巣の住人は二人だけではなかったのか。そしてわたしを同居させてくれるかどうかはその人にかかっているわけだ。なるほど最終試験か腕が鳴る。
「ただいまー」
「あ、噂をすればお父さん帰ってきたわ」
ガチャっと入り口で音が鳴った。ついにオトーサンとやらとご対面か。
少年は入り口に向かうと、なにやら話し込んでいる。しばらくすると、りびんぐに少年は戻ってきた。そして、少し遅れて男の人が入ってきた。
がっしりした体に強面の顔、髪の毛はほとんど真っ白だ。身長は少年より少し低いぐらいだろうか、真っ黒な服に身を包んでいる。
めちゃくちゃ怖そうだ。
オトーサンは眼光鋭くオカーサンの膝の上のわたしを見やる。
あ、オカーサンわたし少しおしっこに行かせてもらってもよろしいでしょうか? 体が無意識にぷるぷる震える。ええい静まれ!
「ほう、この子がむぎちゃんか」
「うん、ちょことむぎ。あわせてむぎちょこやねん」
少年がさらっとわたしの名前の由来を言った気がするが、むぎちょこが何を指すのかが分からない。というより今はそんなことどうでもいい。今わたしの目の前にそびえ立つ最難関の壁――オトーサンの首を縦に動かさなければわたしの未来はない。
とりあえず、猫の伝統挨拶で仕掛けるか? いやだめだ、相手の鼻の位置が高すぎる。では、足にじゃれつくか? いやだめだ、怖くて膝から動けない。ああ、万事休すか。
「お母さんちょっと持たしてもろていいかな?」
オカーサンはわたしをオトーサンに手渡した。オトーサンの手はごつごつとしている。だんだんとオトーサンの顔が近づいてくる。お、これは挨拶のチャンスか? だけどやっぱり怖いよう。
「小さくてねずみみたいやな、この子飼うつもりなん?」
ねずみとは失礼な、あんな下等の生き物とわたしを一緒にしないで欲しいな! ……じゃなくてねずみでもいいです。許してください。ですのでどうかこの巣に置かせてくださいお願いしますう。
「かあわいいなあ、むぎちゃんおとうさんやでー! これからよろしくね」
そんなこと言わずにどうかお願いしま……あれ?
オトーサンの頬は今ものすごーく弛んで、デレデレっとしている。先ほどの強面顔がどのようにしたらこのようになるのか不思議である。
そんなことより今なんとおっしゃいましたか、オトーサン?
「ほんま!? お父さんこの子飼うてええの!? やったああ」
お父さんありがとうございます! オトーサンの寛大な心と優しさにわたし感動いたしました。猫族代表としてお礼を申し上げまーす。猫神様のご加護がありますように……オトーサアアアン!
「うわあくすぐったいでむぎちゃん。鼻舐めてくれんの、ありがとうな」
「むぎちゃん、お父さんの鼻なんか舐めたら汚いで」
ええい、オカーサンよ止めてくれるな! これは猫族に伝わる最高の愛情表現だ。わたしは今嬉しくて嬉しくてたまらないのだよ、わはははは。
こうしてわたしは名実ともに巣に迎えられたのだった。
今回も読んでいただきありがとうございました。
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