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黄昏の絆  作者: 佐央 真
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5話 アカデミー・Ⅱ

 翌朝、チャンは寝起き眼のまま何となく鏡の前に立っていた。


 ――あなたって甘いのね……だから苛々する


 しんの言葉が尾を引いているのか、昨夜はなかなか眠れなかった。

 このままだと他の生徒と同じく欝になってしまう、今まさにそんな顔が鏡に映っていた。

 チャンは何とか考えまいと頬を叩くが、そう簡単に消えるものでもなく、落ち込んだ状態のまま仕方なく着替えを始め、いつものように念入りに確認しながら帽子を被った。


 ――この耳もいつ見られるか分からない


 「しっかり気を持たなきゃいけないのに」


 傷ついた心を隠すようにチャンは左胸をおさえると、ゆっくり深呼吸してから部屋を出て食堂へ向かい、さっさと朝食を済ませて登校した。

 しかし食堂でもそうだったが、通学時でも彼の聴覚が優れている故に周りの会話が勝手に耳に入ってくる。

 そして大概チャンを見下すような、好き放題に言う会話ばかりで、げんなりしながら歩いていると、


 「よ、よう。チャン」


 何処かチャンの顔色を伺いながら、稔がおずおずと話しかけてきた。

 昨日までの堂々とした彼とは一変した様子に、チャンは一瞬ポカンとする。


 「何、どうしたの?」

 「いや、昨日姫に呼ばれて行ってから、何かスゲェ怖ぇ顔してたからさ。話し掛け難くて」

 「あぁ、あれは……」


 まさか仕事の話をする訳にもいかず、チャンは言葉を濁す。

 しかしそれにしても、それ程怖い顔をしてたつもりもないのに距離を置くなんて、そんなに彼は小心者なのだろうか?

 チャンはそんなことを思いながら校内の廊下を歩いていると、


 「おい、一般人」


 突然後ろから声をかけられ、チャンは振り返った。

 見るとそこには、昨日の二人組の男子生徒がニヤニヤしながら立っている。

 周りの注目を一気に集め、チャン達が居心地悪く思っていると、


 「まぁた小心者の春日部君にお守りして貰ってんのか?」

 「仕様がねぇよ。一人じゃ怖気づいて入れねぇ一般人なんだからよ」


 男子達はゲラゲラと下品に笑い、その光景に稔は苛立つ表情を見せるが、一方でチャンは呆れた。

 朝から元気なものだ、もっと他にネタはないのだろうか。

 あからさまにチャンが嘆息吐くと、それが気に障ったのか男子の一人が目頭を立てて二人に近づく。


 「おい、何だその態度は」

 「別に。ただ――上流家系だが何だか知らないけど、言ってることは低レベルだと思っただけだよ」

 「何だと!?」


 ボソッと呟くチャンの言葉についにキレたのか、男子が握り拳をつくり、彼に向かって振り落とした。

 しかし。


 ――遅い


 伊達にしんやアンジャシアに瞬発力を評価されていないのか、チャンはあっさりそれを避ける。

 それでも専門的に訓練を受けている相手である為か、素早く切り返され、もう一方からも拳がとんできて、チャンはやむを得ずそれを受け止めた。

 拳に重みがある。

 チャンは顔を歪ませた。


 「っ……金持ちでも、暴力を振るっちゃいけないことぐらい、教わらなかったのか?」

 「これは暴力じゃねぇよ。躾って言うんだ!」


 周囲の目も気にせずに、男子生徒がチャンに足蹴りを入れようとした、その時。


 ――バサバサッ!


 近くで、女子生徒が教科書やノートをばら撒いてしまったようで、その音が響き渡った。


 「いたた……転けちゃった」


 長い三つ編みを揺らし、大きな目をキョロキョロとさせながら、彼女は慌てて散らばった物を拾い集める。

 そんな彼女を見るなり、二人の男子生徒は嫌な顔をして後退った。


 「ちっ、疫病神が何でこんなところで」

 「おい、行こうぜ」


 ――疫病神……?


 まるで彼女から逃げるように二人は去っていくと、何故か周りの生徒達も関わるまいと消えていく。

 誰もこの女子生徒を手伝う者はなく、チャンは不思議に思いながらも一緒に拾おうと近付いた。


 「えっと、大丈夫?」

 「あっ、ありがとう」


 チャンがノートを彼女に渡そうとして、つい手と手が触れたその時。


 ――こっこれは……!


 チャンの中で、セピア色の光景が過ぎった。

 恐らくそれは、彼女の記憶。


 “――私達、ずっと一緒だよね?”


 四人組の男女が楽しそうに会話していた。

 制服を着ているところから、全員生徒なのだろう。

 一人はこの女子生徒だと分かったが、他の三人はぼやけていて判断出来ない。

 しかし、声は何処かで聞いたような気がした。


 ――確か、この声は……


 「おい、チャン。やめとけって」


 そんな時、現実に引き戻すように稔が身体を揺さぶり、チャンはハッとした。


 「えっ、稔?」

 「そいつに関わらない方がいいって。行くぞ」


 稔がそう言って引っ張り、チャンはそのままつられてその場を離れた。

 彼女を手伝ってあげたかったが、また何か見てしまっても困る。


 ――しかし、いったいこれは何なのだろう?


 Aspirin館だけでなくアカデミーでも見るとは思わず、チャンは自身の手をまじまじと見た。

 

 ――普通の手、だよな?


 場所や対象者が特別なのか、それとも彼が特別になったのか。

 どちらにしろチャンは不安になり、そんな時ふとさとるの言葉が思い出された。


 “――君にしか見つけられない”


 もしかして、このことなのだろうか?

 他者の記憶をよむ能力、それをチャンが持っていると彼女は知っている……?


 途端にチャンはさとるへ不信感を募らせた。


 ――だとしたら、今の子は……


 チャンが女子生徒の記憶の中で聞いた声は、間違いなくアンジャシアの声だった。

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