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兄妹

「ただいま」


 さて、家に帰るといつものように長兄の激しいお出迎えに遭った。文化祭で女装メイドをしなかった方の兄である。帰宅の挨拶を言い終わると同時に正面からがっしりと抱き固められた。ドア前で開錠するときの音を、キッチンから聞き取って玄関で待ち構えていたのである。恐ろしい。

 現在大学四年生の兄は、私が家を出るよりも遅く家を出て、私が帰宅するよりも早く家にいる。いくら考えてもその仕組みは解せないが、彼がいなければ我が森山家の家事は回らない。母は早逝し、父親は残業に追われ、高三の次兄は男子厨房に入らずを実践しており、そして私は面倒なことが何より嫌いであるからだ。面倒なことを回避するために全力で試行錯誤を繰り返すくらいに嫌いであった。つまり未婚で子もなしということを差し引けば、兄は全くの主夫であった。だから在宅時間の長さ自体に口を出すのはやめておきたい。


「真尋!外で変な男に引っかからなかったか?ああ、いや引っかからなかったはずがないんだ、こんなに可愛いんだから。怖い目に遭ってないか?お兄ちゃん直伝の技でちゃんと撃退できたか?本当は可愛いお前にこんなこと教えたくなかったが、俺も学校までついて行くわけにはいかないからな……怪我はしなかったか?怪我をしたらちゃんと見せるんだぞ?俺が手当てしてやるからな。そうだ、今日の弁当もちゃんと食べたか?ハンバーグを改良してみたんだけど、冷めてもちゃんとおいしかったか?嫌いなおかずはなかったか?」


 ひょろひょろと無駄に背ばかり高くて、殴ったら吹き飛ぶような絵に描いたモヤシの兄であるが、この時ばかりは謎の力を発揮しているらしい、私は何の抵抗も出来ずに頭を撫でまわされるのが恒例である。

 これが彼の一番の悪癖である。


「に、兄ちゃん」


 限界を迎えたレスラーがするように、私を締め上げる腕をぺちぺちと叩く。私に今日一番の被害をもたらしているのは自分だということに、今日も気付いていないらしい。いや……今日は栗原の件があったか。栗原は人知れず兄を救ったのである。彼には菓子折りが差し入れされてしかるべきだろうが、しかし私は兄と栗原を引き合わせる気は微塵もない。


「何だ真尋」

「飯食いたい」


 私の唱えた魔法の呪文によって、兄はいそいそと本来の業務に戻って行った。彼は料理本を何冊も買うほど料理に凝っているらしい。最初は父子家庭という義務感からであっても、今では趣味だという。だから料理の面から彼を持ち上げ続ければとにかく平和なのだ。


「今日の晩飯は?」

「夏野菜のカレーだよ」


 ほう、いいですなあ。トマトにピーマン、ナス。そんなに野菜は好きじゃないけど、カレーの具なら話は別だ。


「ししとうは入ってる?」

「……今から買ってくる」

「いやいやいや、そういう意味じゃない」


 そもそも我が家唯一の車は父が通勤に使っているのだ。今から徒歩でスーパーに行くとかなり時間がかかる。つまり私の晩御飯も遠のく。

 それでも申し訳なさそうな長兄を横目に、私はもう一人の兄のことを思い浮かべる。


「兄貴はまだ来ないよな……?」

「あいつはいつも連絡してこないからな。今日は待ってあげるのか?」

「いやいや、まさか」


 育ちざかりの女子高生は食欲旺盛なのだ。晩飯までの一分一秒が生死を分けるといっても過言ではない。優しくもない兄貴を待ってやるほど人間ができていないのだ。私はおやつにプリンを食べながらうんうんと一人納得する。


「はい、真尋。出来たよ、好きなだけ盛り付けてね」

「わーい」


 カレーは偉大である。切にそう思う。人類の大発明だ。インド人に感謝したい。なんたってカレーを食べてさえいれば面倒なことをすべて忘れられるのだ。そんなわけで私は華麗に栗原のことと次兄のことを記憶の片隅に追いやった。


「カレーだけに」

「何言ってるんだ?」





「おい、真尋」


 入浴後、私が自室で優雅にプリンを嗜んでいると、ノックもなしに乱暴な手つきで扉を開けて飛び込んでくる男がいる。

 我が愚兄だ。愚かな方の兄である。


「どうした兄貴」

「どうしたもこうしたもねえぞ。おめえ、俺のプリン食ったろ」

「知らねえよ」


 当然知っている。何故ならこのプリンは本日二つ目だからだ。さすがにプリンの数を数える程度の算数に支障はない。だがそれは素行不良な兄貴も同様である。

 可愛い末妹の、可愛いわがままを受け入れられない兄貴が悪いのだ。結論は出た、と残りの一口を口に収めてしまう。形あるものが終わりを迎えるのは世の定めである。プリンも例外ではない。


「あ、おい!てめえ!ふざけんな、何勝手に食ってんだよ、俺のだっつってんだろ」

「これは、私のだ。分かったら出てけ」


 強いていうなら、食前のプリンが兄貴のものであった。

 名残惜しさにカップにわずかに残ったカラメルをすくって舐めた。うむ、甘い。


「マジふざけんなよ……てめえ覚えとけ」


 捨て台詞のように吐き出して、来たときと同じような乱暴な足取りで部屋を出て行った。直後に隣の部屋からベッドの軋む音がした。ふて寝であろう。

 やれやれ、これだから不良は語彙が足りなくて困る。二年長く生きているとは思えない知性の感じられない会話にため息をついた。誰が我が家で一番可愛くて偉いのか、教育が足りないと思われる。

 さて、私も寝るとしよう。


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