下校
「森山は……さ、なんでその格好してるの?」
開口一番これである。
誤解を解こうと意気込んで、どう切り出すか悩む隙も与えられなかった。
「いやはや、なんでと言われても」
「えーとこう聞いた方がいいのかな、その格好は森山の意思なの?」
「そういわれましても」
なんでも何も制服だからである。制服だから着ているだけで、好んで着るかというと絶対にNOだ。スカートは全くもって動き辛い。けしからん。
しかし栗原は、私がはぐらかすような台詞ばかり口にするせいですっかり悄気てしまったらしい。
「……そうだよね、やっぱり俺なんかじゃ信用ないよね。まともに話したのも今日が初めてだし、いきなり話せって言われても無理だよね」
「い、いや……そういうんじゃないんだ。そういうんじゃないんだけど」
栗原くん、これは誤解なのだよ。
この段になってこの一言を導く切り出し方を模索している私は、もしかしたら馬鹿なのかもしれない。
「じゃあさ、森山は男と女、どっちが好きなの?」
「それは、難しい質問だね。ううむ……」
男である、と答えるのが一番目的に適っているのだが。即答できないのは私が正直者であるからか。
そこで、はたと考えてみる。さて、私は男と女どちらが好きなのであろうか。
結論は出なかった。
私が初恋もまだのピュアガールだからである。
「仕事が恋人」などと小悪魔的に返すほどの何かも持っていない。
「まあ、普通に……」
「そうか、普通なんだ」
よくあるごまかしの言葉を口にしたが、この場合の「普通」とはどのように解釈されるのであろう。その判断は栗原に委ねよう。
その後も栗原のたわいない質問に私が答えることが続き、いつの間にかバス停までたどり着いてしまい、私はついぞ目的を果たすことができなかった。
栗原は、私が質問の答えを出す時はゆっくり待っていてくれるのに、いったん答え終わってしまうと私の口を挟む隙を与えてくれない。私の方から何か新しい話題を切り出すことを許さないのである。
口数の多いイケメンはかくあるものか、とこの時またも思い知った。
「じゃあね、森山」
私が自分に失望していると、バスがやってきた。右側に腰かけていた栗原は、私に乗車を促すように声をかけた。
「あ、うん。ばいばい」
「また明日、教室でね」
やはり何を考えてるかわからない眩しい笑顔である。
もしかしたらこれは約束なのかもしれない、同級生の男との再会の約束など初めてだ。などと思考を一通り巡らせたが、ああいう人達にとっては当然の挨拶なのであろう。同じクラスなのだから登校すれば当然顔を合わせることにもなる。
それよりも、彼はバス通学ではなかったのだろうか。人波に揉まれながら気づいた。バス通学の人間は駅のターミナルまで向かうこのバスに乗り、そこから他のバスに乗り換えるのが一般的だ。そして彼はさっき自転車を押してはいなかった。
彼の家が下り方面にある可能性や、徒歩通学である可能性なども考えたが、考察材料があまりにも少なかった。まともな会話は今日が初めてなのだから。
しかし彼は私がバス通学であることを知っていた。それはなぜか。
彼みたいな人間なら、クラスメイト全員の通学方法くらい覚えているのだろう。そう結論付けて私は手持ちの本を開いた。やはり車内では読書に限る。