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32:Assignment of Rooms

 メリークリスマスです皆様。


 毎年恒例、クリスマス更新ッ!!


 大変お待たせいたしました、更新、再開します!!

 勝一郎達がとりあえず危機を脱したといえる状態になったのは、そのあと夜が明けて日がずいぶんと高く登った頃だった。

部屋の前に居座り、どうにか勝一郎達を引きずり出そうとする剣角竜がそれを諦めるまで、それだけの時間がかかったのである。

 うろうろとしていた剣角竜がその場を立ち去って、本当に戻ってこないのを確認して、ようやく部屋を出て反対側の崖面に潜んでいたロイドとランレイに合流する。

 そのあとどうするかについて議論になるかとも思ったが、意外にも合流してすぐ満場一致で撤退が決まり、勝一郎達は一度もと来た道を引き返し、渓谷の手前にある竹林まで引き返すこととなった。


 戻って、その日は一度そこで足を止め夜営を行う。

 竹林の中にあった大き目の岩。そこに作られた部屋の中で行うのは、今後どうするかと言う重要な話し合いだ。


「話し合うっつってもよぉ、もうここは俺らが道を変える他手がねぇだろ。いくらなんでも、あれを仕留めるのは不可能だ」


「本当にどうにもならないのかよ? 客観的に見ても、それこそおっさんの魔術とかは、あいつにもまだ試してないはずだけど」


「生憎だがな。軍が使うマジもんの軍用魔術ならともかく、素人がにわか知識で組んだような魔術じゃ出せる威力もたかが知れてんだよ。実際、以前出くわした大型相手には手も足も出なかったしな」


 ロイドが言っているのは、以前勝一郎自身が仕留めた咬顎竜のことだろう。実際試したこともあるから断言できるが、彼の放水系の魔術では巨大で重量もある大型竜にダメージを与えるのは不可能だったのだ。


「つか、大型ならショウイチロウが一番なんとかできんだろ。何せそいつはほとんど一人で、二体も大型の竜をぶっ殺してんだから」


「……とは言ってもな。正直前の二体も運に左右された部分が大きかったからな……」


 こちらの攻撃がほとんど通らない巨大な敵に対して、過去に勝一郎が決め手として用いた攻撃は、ほとんど偶然そこにあった状況を利用しただけの、言ってしまえばその場限りのものばかりだ。同じような手を使おうにも正直前回の二回はあまり参考になりそうにない。


「海ん中のときみたく大量の水ぶっかけてもこの場合効果なさそうだしな。槍の場合もそうだが、口の中にぶち込めるならともかく、あいつは今回こっちを喰おうとしてるわけじゃないし。下手すりゃ体格差の関係でこっちだけが流されて相手はびくともしないって事態になりかねないし……」


 それにそもそも、今勝一郎たちの手元にあの巨竜を屠れるような量の水は存在していないのだ。

 一応海で大量の海水を採取してきており、これまでの道程ではそれをロイドが真水に変えて飲み水などに当ててはいたのだが、陸地で大量の水を噴出するのは勝一郎たち自身が被るリスクが高いと見て武器として使用することは念頭に置いておらず、そこまでの量は採取していなかったのである。人間大の敵を相手にするならともかく、あの巨体に有効打となりうる量の水はさすがにない。


「んじゃ無理だろッ……。あの化け物は倒せない。先に進もうと思うなら、道を変えるしか方法はねぇよ」


「けど、客観的に見ても道を変えるのも結構危険が大きいよ」


 投げ槍に言うロイドに対して、ソラトが片手をあげて発言権を主張しながらそう投げかける。


「鳥瞰視点で上からこのあたりを見てみたんだけど、この谷が通れないとなると元の森の中をかなり遠回りして通らなくちゃいけなくなる。これまでは森の中を最短距離で突っ切ってきたからそれほど時間もかからなかったけど、迂回するとなるとこれまでよりも長い距離を歩かなくちゃいけなそうなんだ」


「……ならいっそ崖を登ってその上を通ってくってのはどうだ? 前に勝一郎の奴が、扉と部屋を使って崖登りしたことがあっただろ」


「いや、それも考えたんだけどさ。正直ここの崖を登るのはちょっときつそうなんだよな。岩盤と言うか地質がそれほど丈夫じゃないから下手すると手掛かりにした部屋ごと崩れそうな箇所とかあるし、しかも途中で大きく反ってて、角度的に登れそうにないところとかもかなりあるから俺程度じゃロッククライミングは難しいと思う」


「……だったら、やっぱりあの竜を討ち取って先に進むというのも考えるべきじゃない?」


 話し合う男たちの間に、ランレイがどこか思いつめた口調でそう提案する。

 それに対して、勝一郎もいくつか思うところはあったものの、生憎とそのどれかを口にする前にロイドが先に反応した。


「ハッ、だったらお前、いったいどうやってそれをやるってんだよ? ショウイチロウにも俺にも、あいつに聞くような有効な手段はないって話を今したばっかなんだぜ? それともお前の弓ならそれができるってのかよ?」


「それは――」


「できるってなら言って見ろ。さっきだって俺が助けなきゃくたばってたくせに。そもそもショウイチロウが何もできないって時点で、あの化け物をぶっ殺す手段なんかありゃしねぇんだ。だったら危険でも道を変えて進むしかねぇだろうが。まだわかってねぇのかよお前はッ!!」


「ロイ、ド……?」


 話しながら徐々に語調を強め、遂に怒鳴り声さえあげたロイドに周囲の者達が驚き、沈黙する。

 対してロイドも、自身の直前の態度に気が付いたのかハッとしたように視線を落とし、後退りながらうろたえはじめた。


「――あぁ……、いや。なんでもねぇよ。物わかり悪ぃこと、言うから……」


 消え入りそうな声でそう言って、やがてロイドは床へと視線を向けて黙り込む。

 対するランレイの方も壁際に座り込んだまま視線を逸らし、わずかに唇をかみしめた後吐息だけを漏らした。

 しばし嫌な沈黙だけが室内を満たす。


 誰も何も言わない、言わなければと思っても言葉が出てこない。そんな酷く居心地の悪い静寂は、結局事の発端になったロイドの声によって破られることとなった。


「ああ、クソ。やめだやめだ。ってか、よく考えたら俺ら、夕べのあの騒ぎのせいで碌に寝てねぇんだった。これじゃまともにものなんて考えられるわけがねぇ」


「そう言えばそう、か……」


 言われてみれば、確かに勝一郎達が最後に寝たのは昨日の昼間、夜に向けて交代で仮眠をとったのが最後である。昨晩は峡谷を移動しようとして剣角竜に遭遇してしまい、そのおかげで部屋の中に立てこもる羽目になって睡眠をとるどころではなかったし、昼になって解放されてからもここまで歩いて睡眠などとってもおらず、今日という一日もすでに夜を迎えて相当な時間が経っている。

 計算してみれば、確かに今の勝一郎達は若干睡眠が足りていない。


「じゃあ一度休んで、それから改めて話し合うか? その方が、えっと少し落ち着いて話ができるだろうし」


「……そうね」


 ランレイが同意し、この場での会談は一応の決着を見る。

 実際は決着というよりは先送りと言った方が近い状況ではあったが、しかしそれでも決定的な事態になることだけは避けられた。

 そう思っていた。ロイドが勝一郎に対して、一つの提案をするまでは。


「ところでよ、勝一郎。前々から思ってたんだが、その二人にもお前の部屋、作ってやった方がよくないか?」


「え……?」


 言われて、ロイドが示す方を見てみれば、そこにはヒオリとソラトが二人並んで座っている。

 『お前の部屋』というのが具体的にどういう意味か、すぐには理解できなかったが、二人の姿を見てようやく勝一郎はロイドの言うところが理解できた。


「ああ、そう言えば二人にはまだエアコンマント作ってなかったか」


「エアコンマント?」


「こいつのことだよ」


 疑問の声を上げるソラトに、ロイドがそばに置いていた自分のマントを広げて見せる。

 この世界のものに勝一郎の能力で改造を施したそれは、表側に倉庫として使用する大きな部屋が、裏側には小物などもしまえ、また室内の冷たい空気が漏れ出して着用者の暑さを緩和する小さな部屋がいくつも作られている。

 勝一郎の場合は自分で開け閉め、ひいては作り直しができるため若干作りが変わっているが、しかし勝一郎、ロイド、ランレイの三人が着ているそれこそが、この旅をするにあたってその生命線の一つともなっているエアコンマントという代物だった。


「そう言えば、確かに背中の部屋に入れられることはあったけど、俺も姉ちゃんもこれは作ってもらってなかったな」


「今までは特に必要になることもなかったけどよぉ、よく考えるとお前らも持ってた方が、昨日みたいにはぐれた時にこの中に隠れるって選択肢もできんだろ」


 実際にはただの布でしかないマントでは、扉を閉めた際の強度に欠けるため絶対的な立てこもり場所とはならないのだが、しかしそんな隠れ場所でも一定の効果があるというのもまた事実だ。扉をあけっぱなしにしておけば少なくとも扉を通れない大型からは身の安全を確保できるし、マント自体が逃げ込む場所という以外にも様々な利便性を持っている。


「それによぉ、この部屋が二人にも行き渡れば、一応全員に個室ができんだろ」


「え……?」


 何気なくロイドが発した一言に、意図していなかったのかソラトが驚きの反応を示す。

 だが、ロイドはその反応にも止まらない。それどころか、彼はいつもの、なにかを諦めたような、そんな投げやりな笑みすら浮かべて、これまで決してしてこなかった一つの提案を口にした。


「なあ、もうこの際だ。一人一部屋割り振って、これからはそっちで寝れるようにしちまおうぜ」






 一人一部屋。この一行の五人に対して部屋の割り振りを行おうという提案を、これまでソラトを含む誰もしてこなかったことには特段意味があってのことではない。

 単に思いついていなかったということもあるし、別段必要性に迫られたこともなかったということもある。

 なにしろ、ソラトとヒオリが三人と合流してから、二人は他の三人に最優先で守られる形となっていたのだ。負傷と体調不良に見舞われたヒオリはほとんどつねに部屋の中で療養を余儀なくされていたし、外で周辺の警戒を担当していたソラトは自身に戦闘能力がないことも相まって危険が迫ると真っ先に部屋の中などの安全地帯へと逃がされていた。

 そこに特に意図はなく、単純に思い至らなかったというだけの理由で、これまで五人は個室というものを作らずに来たのである。


 そう、意図して避けていたというわけではないのだ。少なくともこれまで、五人それぞれが部屋を持つという事態は。

 けれどこの時、いざ二人にも部屋をと提案されて、五人全員が個室を持つとなったときにソラトの心中に湧き上がったのは、五人が別々の部屋に分かれるという事態を“意図してでも避けなくてはならない”という強い危機感だった。


「部屋を割り振るって……。別に、そこまでしなくても……」


「そこまでって……。いや、むしろこれまでの方が問題だっただろうが。この世界の人間はそんな余裕がないせいかあんま気にしてねぇけど、これまでなんて寝るのも着替えるのも、男女がほとんど一つの部屋で済ましてたしよぉ。お前の世界にだって、男女の部屋を分けるくらいの良識は有んだろ」


「それは、そうだけど……」


 確かに、そこは少しソラトも気にしたことのある事柄だった。

 ヒオリは流石にそんなことはしなかったが、この世界の人間であるランレイなど、同じ部屋に勝一郎やロイド、そしてソラトがいても平気で着替えを始めてしまう。

 ヒオリが着替える時は男衆が気を使って部屋を開けるようにしていたし、そもそもヒオリの場合体調のことも相まってランレイに着替えさせられることの方が多かったわけだが、それでも年頃の少女である姉のことを考えるならば、少なくとも男が立ち入らない、人目にさらされる心配のない部屋ができるというのは、本来ならばソラトにしても歓迎するべき事柄だ。

 もしもそれが検討されるタイミングが、今この時でなかったならば。


「けど、それなら別に男部屋と女部屋を分けるだけだって……」


「それだと、見張りの交代なんかの時他の奴を起こしちまったりするだろうが。見張りするときにも物音に気ぃ使ってあんま派手な作業とか、訓練とかできなかったしよぉ」


 部屋に身を潜めて夜をお明かしていても、勝一郎たちは三人は交代で一人、常に部屋の外の様子をうかがう見張りを立てている。

 それは単純に臭いなどで部屋の位置を割り出す獣の存在に警戒してのことであり、あくまで念のためにという程度の備えだったのだが、しかしそれゆえに見張りにつく人間はその間ひたすら外だけを見つめているというわけではなかった。


 ランレイなどは装備のメンテナンスにその時間を当てているし、勝一郎やロイドはその時間に訓練やストレッチなどを行っている。

 ただし、これまでは同じ部屋で他のメンバーが眠ることが多かったため、寝ているものを起こさないようあまり派手な行動がとれなかったというのが実情だった。


「部屋割り振っちまえばもうそんな心配もいらねぇ。一人一部屋、個室があった方が何かと便利なんだよ。どうせ部屋の数なんてショウイチロウの力でいくらでも増やせんだ、むしろ今までそう言う手を思いつかなかった方が迂闊だったってもんだぜ」


「……けど、それだって、別に――」


「――うるせぇなぁ。つか、むしろ逆に聞くけど、部屋を分けちゃいけない理由が何かあんのかよ?」


「分けちゃいけない、理由……」


 苛立った表情のロイドにそう問われて、ソラトは思わず言葉を失う。

 理由がなかったからではない。むしろ理由など、これ以上にないものが確かに存在しているのだ。


 だが、その理由はとても口にはできない。

 だって口にしてしまったらそれこそ終わってしまう。口にしてしまったら、言葉になどしてしまったら、それこそ今のこの関係は、この五人の微妙な関係は、そこで全てが崩れてしまう。

 決定的に、割れてしまう。


「部屋を分けちゃいけない理由なんてないんだ。仲良しこよしで同じ部屋で無理して寝起きしなくたって、別にいいだろうが」


「おっさん……」


 吐き捨てるようにして言われたその言葉に、ようやくソラトも理解する。

 部屋を分けてはいけない理由、ソラトが懸念するその展開を、他ならぬロイド自身もはっきりと理解している。理解して、それでもロイドはその展開を望んでいる。

 自ら部屋を、割ろうとしている。


 否、気付いていて、それでも止めようとしないのはロイドだけではない。


「……そうね。私も少し、寝てる奴の近くだとしにくかった作業とか、あるのよね……」


「ランレイ、姉ちゃん……?」


「外套、持ってきたわ」


 そう言って、ランレイはいつの間にか取りに行っていたらしい予備のマント二枚を勝一郎の前に二つ並べて見せる。

 みれば、そのサイズはヒオリはおろか体の小さいソラトにもピッタリのサイズだった。最初から持ってきていたというよりも仕立て直したのか作ったのか、いつの間にかランレイの方で準備していたらしい。

 それが果たして、共通の装備を持つことの必要性を感じてのものだったのか、それ以外の理由あってのことなのかは、今のソラトにはわからなかったが。


「んじゃ、手っ取り早く作っちまうか」


「兄ちゃん……」


 そして、材料の到着を受けて、勝一郎が右手の甲に獅子の印を浮かべてそう言い放つ。

 振り返り、ソラトは非難の意思を込めた視線を勝一郎へと送る。

 この状況がわかっていないのかと、そんな疑念すら抱いていたソラトが見たのは、しかし予想に反して、まるで『仕方ないだろ』とでも言いたげな、そんな表情を浮かべた勝一郎の姿だった。


(……なにが、仕方ないんだよ……)


 胸の内の呟きも、しかし当然勝一郎の行動を止めるには至らない。

 見ていることしかできないソラトの目の前で、勝一郎がマントへ向けて手を伸ばし、その表面へそっと指先で触れて、扉を開く力を流し込んだ。

 行われる作業はたったの一瞬。

 そのたったの一瞬で。ただの布地が五人を分かつ部屋へと変わる。


 瞬き一つの僅かな時間で、ソラトたちは決定的な一人部屋を手に入れた。

 手に入れて、しまった。


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