22:Operations Room
「俺の能力について話す前にまずは知っておいてもらわなきゃいけないんだけど、俺達の世界での能力って、何の制限もなく最大級の力が使える奴なんて稀中の稀で、大抵は効果対象の限定や使用するうえでの条件、出力の低さみたいな、何らかの制限があるもんなんだよ」
白い部屋の中でほかの三人と車座になって座ったまま、ソラトは自身たちの能力について、その詳細を話し始める。
「これは俺よりも、どちらかと言うと姉ちゃんの能力の方がわかりやすいんだけど、姉ちゃんの【操物念力】は『自分が身に着ける形で接触している布にしか使えない』っていう制限があるんだ。だから俺や、姉ちゃんの能力を知ってる人たちは姉ちゃんの能力のことを【羽衣の操物念力】なんて呼んでる」
「ああ、そういえばそうか。確かに【操物念力】って言うなら、その辺の石とか飛ばしたり、もっと言うならあの猿達そのものをブッ飛ばしたりして、猿を撃退することだってできたはずだもんな」
【操物念力】と言う能力の詳細について、勝一郎もさすがに多くを知っているわけではない。それでもいい加減な知識としては手を使わずに物を持ち上げたり、飛ばしたりすることができる能力であったはずと言う知識は。ある種の常識として知っていた。
だというのに、あの少女は猿に対してそこらの石などをぶつけることも、猿達の動きに干渉して追い返すこともせずに、『身に着けている布を操っての逃走』と言う選択のみをしていた。危険が勝一郎達にも及ぶ状況で、当然のようにそういう形でしか使っていなかったため今までは気に留めてこなかったが、よく考えてみればそういった制限がなければ少々おかしな話ではあったのだ。
同時に勝一郎は、ヒオリが纏っていたやたらと長大な布の存在を思い出す。
怪我の治療を行うにあたって邪魔になると剥ぎ取った長大な布。最初に見た時はマフラーやショールのように巻きつけているだけかと思っていた布だが、実際にはずそうとしてみたら一部を縄状に捻じってたすき掛けのように体に縛り付けてあったらしく、その大きさは予想以上に長かった。
ざっと見て計った限りでは、一メートル×六メートルはあるだろうという長大な布。身に着けて立った状態で、恐らくは余裕で地面を引きずるであろうあんな布は、どう考えても普通の生活を送る上では不便な、日常生活ではまず身に着けることの無い代物だ。となれば当然、あの布は彼女が自身の能力を使うために用意したものと考えるのが妥当だろう。
「なるほど。そんでテメェの能力にも、そんな風に面倒な縛りがあって、森の中で能力が使えたりつかえなかったりしたって訳か」
「そう。そして俺の能力、【客観視の千里眼】の持つ縛りはさ、結論から言っちゃうと『視界の中に、自分の姿が入ってないといけない』ってことなんだ」
「「……は?」」
最初ソラトの言っている意味が解らず、勝一郎とロイドはそろって呆けたような顔をして、ソラトの言った言葉の意味をゆっくりと脳内で咀嚼する。
幸い時間をかけることで言っている意味自体は何とか理解できたわけだが、しかし理解してからの方が生まれる疑問は多かった。
「自分が視界の中にいなきゃって、それって【千里眼】の意味有るのか? いや、それ以前にそんな能力でどうやって俺たちのことまで見てたっていうんだ?」
勝一郎の抱いた疑問は、実際そばにいたロイドなどから見てももっともなものだった。なにしろ視界に自分がいなければいけないというその条件が正しければ、自分のことが見える距離で、しかも自分のいる方角しか見られないということになってしまうのだ。そんなもの、すでに【千里眼】として破綻しているし、そもそもそんな縛りがあっては遠くの様子など確認のしようがない。
「ああいや、この言い方だとちょっと語弊があるな。要するに俺の能力ってさ、“たとえ米粒より小さくしか見えなくても視界に俺の姿が入っていればそれでいい”し、さらに言えば“視界に入っている俺の姿はたとえ指一本でもいい”んだよ」
「なんか余計にややこしくなったような気がするけど……」
「えっと、兄ちゃんたちを見つけた時はまず見晴らしのいい高いところに立ってさ、自分を見る視点を遠くに飛ばして、視点と自分の間にあるものを観測する【彼方の視点】ってのを使ってたんだ。自分の姿がどんどん遠ざかって、視点が後ろに下がっていくような形で距離を稼いでさ」
「ああ、なるほど。確かにそれなら……」
「ああん? ショウイチロウ、お前今の説明で分かったのかよ……?」
想像がついた勝一郎に対して、ロイドがそう言って怪訝そうな顔をする。
考えてみればこういったイメージは、テレビや映画などで映像などに親しんでいる勝一郎の方が想像しやすかったかも知れない。
「あとは、森の中で使ってたのは主に【鳥瞰視点】だな。自分の遥か真上に視点を設定して、そこから地上を見下ろす形で周囲の地形を把握してた。ああ、あとは進行方向上に視点を設定して、進路上の安全を確認する【先行視点】も使ってたな」
「……なるほどな。じゃあもしかして、時々能力が使えなくなったのは、樹とかの影に隠れて自分の姿が見えなくなったからか?」
思い出してみれば、ソラトが能力が使えなくなると予告していた場所は、どこも真上を枝葉に覆われて、上空からの視界が遮られる箇所ばかりだった。そのことを思い出してソラトにそう問いかけると、案の定ソラトは己の首を縦に振る。
「そういうこと。俺の能力は遮蔽物に弱くてさ。暗闇でも関係なく、肉眼以上によく見えるんだけど、何かの形で俺の姿が完全に隠れちゃうと、もう外の様子は一切わからなくなっちゃうんだ」
言われて、同時に勝一郎は先ほどからソラトがマントの部屋の中に足を突っ込んでいる理由を理解する。
ヒオリが目を覚ました時にすぐにわかるようにと、マントの中を能力で見守ると宣言した直後から行っていたその行動。先ほどまではその行動の意味がよくわからなかったが、そういう能力の性質ならば、確かに体の一部だけでも入れていないと中の様子は見えないのだろう。
「ハッ、なんだそりゃ。常に自分を見てなきゃならないって、どんだけ自分に酔ってんだよ。『俺ってかっこいい』とか思ってんじゃねぇだろうなクソガキ」
「生憎だけどそれは思ったことがないよおっさん。まあ――」
――逆のことなら考えたことあるけどな。
と、その瞬間、一瞬だけソラトの表情を影がよぎる。
ほんの一瞬、ともすれば見過ごしてしまいそうな短い時間だったが、そんな短い瞬間を、勝一郎は偶然にも視界のうちに収めてしまっていた。
収めて、そしてすぐに目をそらす。
ドキリとさせられた、そんな心中を悟られないように、表情を作り直したちょうどそのとき、当のソラトが何かに気付いたように小さく声を漏らした。
「……あ」
「あん? どうかしたか」
「ああいや、姉ちゃんが目を覚ましたみたいだ」
言って、直後に全員の視線がソラトが足を突っ込む、マントの部屋へと向けられる。
何の因果か、この異世界の地で白い部屋の中へと集うことになった遭難者五人の、その最後の一人。羽衣燈織がその目を覚ました瞬間だった。
「……え、……、夢……?」
部屋の床に布を敷いて作った寝床に横たわったまま、白い部屋の光源の無い光にまぶしそうに腕で目を覆った少女は、しかし眼が慣れてくると駆け付けた勝一郎たちを見て、開口一番そう呟いた。
まあ、わからなくなはい。目が覚めてみたら不自然に真っ白な部屋で、周囲には見覚えの無い(しかも外見的にもよく見れば普通ではない)人々に囲まれていたのである。少女自身が意識を失う前に陥っていた状況をかんがみても、この現状を夢ではないかと考えうる要素は無数にちりばめられている。
「よお、ヒオリ姉ちゃん。目が覚めたかよ?」
「ソラ、君……? あれ? ソラ君、これって夢? 私って、目、覚めてる?」
「まさかの質問返しだけど客観的に見ても覚めてるよ。なんならほっぺたでも抓ってやろうか?」
「でも、確か腕を噛まれたはずなのに痛くないし……」
「いや、まあそれは治療ができたから……」
「それになんだか頭がぼおっとするし……」
「それは多分血が足りないせいだ」
どうやら多少出血の影響で貧血気味のようだったが、それ以外に特に支障は無いようだった。行き当たりばったりのにわか知識と、得意とも言い切れない【血】の【気功術】でどうにか治療を施した三人としては、ひとまずはほっと胸を撫で下ろす様子である。
そこから先は、ソラトから現状を聞いてヒオリがそれを受け入れるまで、少しの間三人は離れて待つことになった。
とは言えただ待っているのも時間がもったいないと、ロイドとランレイが外に先ほどまで取っていた食事をとりに行く。
ヒオリの分も用意してあったそれをそろえて、マントの中の部屋に再び食卓を広げるころには、ソラトによるヒオリへの状況説明もひとまずひと段落していた。
続けて、話はソラト以外の三人の、ヒオリに対する自己紹介へとつながっていく。
「えっと、羽衣燈織と申します。ソラ君、えっと、そっちにいる察間空徒の、一応姉で……」
違う苗字と、『一応』と言う言葉は気になったがそれには突っ込まず、勝一郎たち三人もそれぞれ名前だけの簡単な自己紹介をそれぞれ返す。
幸いにも、ヒオリは食欲はそれなりにあるようで、勝一郎達の作りそこなったペースト状の何かが日の目を見る事態は避けられた。
差し出した肉の正体については最初に告げておいたが、しかしヒオリは一瞬たじろぎつつも、すぐに諦めたように串を手に取り、小さな口で少しずつ食べ始めた。
「まあ客観的に見ても、昨日までまともな食事自体あんまりとれてなかったからな。やっぱり人間、腹が減ってれば何の肉でも食えるよ」
「そういえば二人は、この世界に来てから食事とかどうしてたんだ?」
「あ、えっと、適当な木の実とか、食べられそうな草とかを探して食べてました。後一度だけ、私が能力で川魚をとったことが」
「さらっと能力って言葉が出てくるこの会話に、なんだかデジャブを感じるな……」
言いながら、考えてみればヒオリの方にも異世界関連の説明をしなければいけないのだなと思い出し、勝一郎は少しだけ目の前の少女が心配になる。
果たして、この少女がソラトのようにあのファンタジックな現実を飲み込めるのかどうかが、勝一郎にはとてもとても心配だった。
案の定、飲み込めなかった。
目を回して頭から煙でもあげそうなヒオリの表情を見ながら、勝一郎は諦観の念と共にそう判断する。
一応弁護しておくならば、ヒオリとて決して頭が悪いわけではなかった。思い出しても、少なくとも序盤のころは勝一郎たちの話にもきちんとついて来ていたし、話していても格別理解力が低いようには感じなかった。
ただ一方で、その理解力が常識の範疇を逸脱しているかと言うとそういう訳でもなかった。下手に最初に、ソラトと言うやたらと飲み込みの速い少年に説明を済ませていたのが仇になっている。一応勝一郎も気づいていたつもりであったが、しかしソラトを基準としたペースで次々と押し寄せる常識外の現実は、いまだ血液の足りていない少女の頭を沸騰させるには十分だったようだった。
とはいえ、これに関しては話を急ぐ必要性があったのも確かである。この世界では何が起こるかわからないというのは、すでに勝一郎たちも身をもって知っている。考えたくもない話だが、もしもこの先ヒオリが一人逸れたり、最悪他の四人が死亡したりした場合、ヒオリだけ何も知らずに放り出されたのでは命を落とす人間が一人増えるだけの結果に終わってしまう。元の世界にいたころならば考えなかったような可能性だが、現実問題として今勝一郎たちは村の戦士たちからはぐれる形でここにいるのだ。下手な楽観で情報共有を怠るのは得策ではない。
それに、現状全てを踏まえたうえで、話し合わなければいけない議題も存在している。
「さて、それじゃあそろそろ一番大事なことについて話し合いたいんだけど」
無事な左手で頭を抱えて寝込むヒオリを横目に見ながら、全員の情報共有が済んだとみて勝一郎はその場の全員にそう言って切り出す。
案の定、一番にその切り出しに疑問を持ったのは勝一郎の隣に座っていたランレイだった。
「え? なによ。今さら何を話す必要があるの?」
「いや、まあ、それはこれからどうするかって話なんだけど」
「単純に進路の問題だろ」
勝一郎の言葉に合わせて、ロイドが魔術に使うマーキングスキルで、いつか描いて見せた簡単な地図を宙に描いて全員に見せる。ヒオリも含めて、全員がそれに注目すると、ロイドは地図の中心に描かれた川のそばに、もう一本ラインを引いて見せた。
「さっきも話してやったと思うが、俺らはもともと、この川をさかのぼって上流の、俺らが川に落ちて逸れた場所に戻って、そこから西を目指す算段だった。幸い、どれくらいかかるかはわからないものの、行き先だけなら川って言うわかりやすい指針があったからな」
「けど知っての通り、俺達は今川からだいぶ離れた場所まで来てしまった。」
勝一郎がそう言うと、ロイドは地図の皮のそばに描いていたラインを消し、それとは別に地図の西側に大きく湾曲したラインを新たに描く。そのラインこそが、猿達に追われる形で大きくそれてしまった、勝一郎達の移動経路を示したものだ。
「まあそれでも、川のある大まかな方向は大体わかる。元々、川のそばはどんな生き物と鉢合わせするかわからないから少し距離をとって歩いていたし、今は【千里眼】って言う、周辺観測能力を持ってるソラトもいるからさ」
「でも、そもそもの話、俺って言う【千里眼】持ちがいる今の状態なら、わざわざ川まで戻る必要はないんじゃないか、ってことだろ?」
勝一郎の言葉に、相変わらず察しの良いソラトが意図を見抜いて話していた二人にそう聞き返す。二人が頷くと、そばで聞いていたヒオリも話の内容を理解したらしく、横になったまま大きく頷いた。
「あ、そっか。ソラ君なら【鳥瞰視点】で上空から周囲の地形を見られるから、わざわざ川まで戻らなくても道しるべには困らないんだ」
「加えて言うなら、そもそも兄ちゃんたちの探しているのはその一緒に遠征って言うのをやってたこの世界の人達なんだろ。それなら俺の能力でその人たちを探して、見つけた方角に直接向かうって言う手もある」
「そう。それにソラトの能力を頼りにするなら、これから先道が選べる」
そう言って、勝一郎は自身の右手を見ながらこの案の最大のメリットを提示する。
「昼間の猿達の騒ぎでも思ったけど、俺達は、厳密には俺やソラトの能力は森との相性が悪すぎる。遮蔽物の多い森の中じゃソラトは満足に能力を使えないし、俺も俺で【開扉の獅子】がかなり使いにくかった」
勝一郎の【開扉の獅子】は使うにあたって作る扉と同じ面積の『面』を必要とする能力だ。それゆえ勝一郎はここ三か月というもの、周辺の地形などに面を見出せるように訓練をしてきたわけだが、しかしそれ故に、森の中を走っていて、その面が極端に少ないとも感じていた。
「俺たち二人の能力は、周辺の環境に大きく左右される。それでなくとも、ソラトの能力を使えば事前に危険な生き物を察知して、それを避けて行軍することも可能だ。だったら、今後はソラトの能力を道行きの指針にして、危険な生き物や不利な地形を避ける形で進んでいくのがいいと思うんだが」
「それはそれができんならそれが一番だがよぉ、実際問題どうなんだガキ? さっきこのあたりを探ってたみたいだが、危険の少ない道とかは見つかったのかよ?」
「一応、森を突っ切るよりはましな道で、西の草原地帯に抜けられそうな経路なら見つけてあるよ。もちろん、進むにあたってどうしても避けられない危険地帯なんかはあったけど、距離の面でもだいぶ短縮できるし、頼ってもらえるならそれに越したことはないと思う」
「そっちの女二人はどうなんだ?」
確認をとった後、ロイドは残る二人、ヒオリとランレイの方にも話を振る。対する二人の反応は、これは勝一郎も予想していたが、やはりというべきかあっさりとしたものだった。
「私は、賛成かな。そもそも私の場合、これまでもソラ君の【客観視】を頼りにしてきたから」
「あたしも特に異論はないわ」
若干申し訳なさそうにヒオリが、きっぱりと言い切るようにランレイがそう言って、話は一応の決定へとたどり着く。
勝一郎としては特に反論もなくホッとしたが、その心配は勝一郎の予想していた以上に杞憂だったらしい。
「というか、あたしとしてはこんなことくらいそっちで勝手に決めちゃってもよかったと思うわよ?」
「いや、まあ、一応全員の意見を聞いておきたくてさ」
「……そう。まあ、いいんだけど」
どことなくそっけない、ランレイのそんな態度が気にはなったが、しかし勝一郎はそれを極力気にしないようにして、この場の話を締めくくることにした。どのみちもう話は終わったのだから、後は明日に向けて眠る準備をするだけだ。いくら安全な部屋の中に居ると言っても、もしものことを考えて交代でやる見張りも立てなくてはならない。
そうして一日を終えるべく、勝一郎達は各々部屋中に散って、就寝の準備へと取り掛かった。
ただしこのとき、ソラトだけはその場の空気に反するように、真剣なまなざしで己の視界を自分の目を含めて四つに増やし、室内にいる会ったばかりの三人の様子をじっと観察していた。
まるで見えない何かを見透かそうとするかのように。己の憂慮が思い過ごしであることを祈って、それでもただただ客観的に。




