#5 拉致
「お~い・・・・起きろ・・」
「あと5分」
ベッドの隣ではエプロンをかけた何とも似合わず面白い姿の海聖がいる。
一方海聖の隣にあるベッドに寝るのは海聖が居候している家の主。
中華人民解放軍に殺されそうになったところを海聖が助けた少女赤薙綾菜。
「・・・・これ何回目だ?」
「一回目・・・」
海聖は指を折って数えだす。勿論その数は綾菜が「あと5分」と言った回数である。
「お前は数さえ数えることもできないのか?」
「う~ん・・・・・・はっ!!やばい!!遅刻する!!」
自分が何回「後5分」と言ったかを思い出し、あわてて起き出す。あえて海聖も言わなかったが確実に10回以上は同じ言葉を繰り返した。単純計算で50分と思うかもしれないが、海聖が5分おきに何回も起こしに行っているのである。つまり一時間は寝ていたということだ。
こんな光景も本当は海聖が来るまでなかったことだ。綾菜は一人暮らしだったためいつもちゃんと起きていたが海聖が来てからは家事をすべてやってくれるから安心して朝寝坊している。
「何で起こしてくれなかったのよ!!」
海聖という性別上男、いや普通に男がいるのにもかかわらずパジャマを一気に脱いで裸になって制服に着替え出す。
綾菜の身体には控えめながらも綺麗な白いふくらみとピンク色の突起、下は派手じゃないが、上品さを感じさせる下着姿があった。
遅刻しそうな綾菜に羞恥心という言葉は一かけらもないようだ。
そんな綾菜を傍で見ている海聖は最初こそびっくりしたものの、もう慣れた日常の風景だった。
「俺は10回以上起こしに行った。お前が毎度のこと後5分と連呼するのが悪いだろう?」
「そ、そそそ、そういうときは・・・・そういうときは・・・・そういうときは!!」
「そういうときは?なんだ?」
「う、うううう、うう、海聖の馬鹿!!」
全くもって間違ってはいない真実を告げられた綾菜は言い返そうにも言い返せず、でも認めたくない気持ちで無理やり反論をしようと思ったが、海聖の思っていた通り何も言い返せなかった。
結局海聖が朝に作ったサンドイッチを口にくわえて急いで走り去って行った。
「ったく・・・朝からうるさい奴だな」
後ろを振り返らないで走っていく彼女を窓から見送りながら、ふと机の上をみる。
「あっ!!」
そこにあったのは・・・
「体操着・・・・」
昨日の夜、明日体育あるから用意しておいてと言われた海聖は女子用の体操着を机の上においてあると彼女に伝えたはずだったのだが・・・
「ものの見事に忘れて行きやがったな・・・」
一言でいえば忘れ物をしたということである。
「あちゃ~間に合わないかもしれない・・・」
現在の時刻8時5分。登校時間は8時15分までだ。綾菜が今いるところから全力で走って10分弱。校門までは間に合っても、教室までに間に合うかどうか。
「!!」
綾菜は突然飛び出してきた車に足を止める。
「もう!!何なのよ。早くどいて」
綾菜の通学進路妨害を犯している車にはSTOの三文字。糸魚川構造線を境に北日本を占領している組織だ。現在糸魚川構造線・・・STOとNATOとの国境付近においての紛争は未だに大規模衝突は起こっておらず、小規模な発砲程度に終わっている。だが、いつ大規模な衝突に発展するかわからない。
「君が赤薙綾菜さんでよろしいかな?」
STOと書かれた車から出てきたのは長身の白人。多分ロシア人だろう。
綾菜は目つきを変え、STOの人間をにらみつける。
「・・・STOの人が私に何か用ですか?父は抑留されたためもういません。失礼します」
「おっと・・・」
「うっ!!」
面倒だから放っておこう。そう思って逃げ出した綾菜はすぐさまに腕を掴まれる。
「まだ君に行かれちゃ困るんだよ。エンジェルについて話してもらわないと・・」
「!!」
男が懐から出した一枚の写真。そこにはよく知る人物が写っていた。
「さあ乗るんだ!!」
「いやっ!!離して!!」
「少し黙ってろ!!」
「あっ!!」
体中に響くビリビリとした感覚。そして、綾菜は意識を失っていった。
「てこずらせやがって」
懐から出したのはペンタイプのスタンガン。
「さあ、行くぞ。早く走らせろ!!」
STOと書かれた車は綾菜を連れ去るとすぐさまに逃げ出すように走り去って行った。
そして、綾菜に見せた写真に写っていたのは圧倒的な火力でSTO軍を蹂躙する海聖の姿だった。
「ったく・・・そろそろ見つかってもいいんだけどな・・・」
メタモルフォーゼによって翼を生やして上空で探し出そうにも見つからない。綾菜が家を出てから1分もたたないうちに外を出たから見つかってもいい頃なのだが・・・
「ん?」
ふと見つけた道端に墜ちている鞄。
「なんだ?」
気になってその場に降り立つ海聖。
「誰のだろう?似たような鞄を見たことあるんだが・・・」
人の荷物をあさるのは良くない。一般的な常識だが、取りあえず中を見てわかる。
「綾菜の鞄だ。しかし、何故?」
綾菜の鞄を持って気になりながら周りを見渡すと一枚の紙が落ちていた。顔写真が張られている所から名刺なのだろう
「なになに?」
・・・ロシア語で読めません。
「しょうがない。メタモルフォーゼ!!」
メタモルフォーゼの能力により脳みそをスーパーコンピューターに変身させ、ネットワークを介して翻訳する。
「・・・・久しぶりにこれやったからあれだけど、ちゃんと読めるぞ」
在住北日本STO軍特別調査課エンジェル対策本部
エヴゲーニイ・クラスノフ大尉
こんなところに不自然に鞄を置いていくこと自体がおかしい。
さらにこの名刺。
「成程な。取りあえず・・・綾菜をさらったのがこの人だということは解った。だが・・・」
エンジェル対策本部とは何なんだ?
エンジェル・・・天使ということは解るが対策・・・わからん。
ひどく困惑する海聖だが、困惑している間に時間はどんどん過ぎて行き・・
――――――思想犯収容所
STOのやり方・・・社会主義に対する反抗的思想を持つ者、または反抗的な攻撃を繰り返す者は思想犯とみなされ収容所で尋問されたり、強制労働に送られたりする。
「っぷは!!」
「どうだ?吐きたいなら吐いてもいいんだぞ?」
「はぁ、はぁ、わ、私は、アクトロイドなんて知らない!!」
「まだ言うか!!」
「ああぁぁ!!」
綾菜は今思想犯収容所で拷問という名の尋問を受けている。
ついさっきまで死なない程度に水の入った洗面器に何度も顔を押し付けられ、少しでも口答えすると後ろに立つ男に鞭打ち。椅子に座ったまま紐で縛られているため身動き一つできない。
「・・・・この反抗的な小娘め!!親父の血を受け継いだか?」
綾菜の父は思想犯としてここに収容されそして第48次シベリア抑留に送られた。
そこで栄養失調と寒さによって死んだと聞かされた。
「お父さんの悪口を言うな!!」
「だまれ!!」
「がはっ!!」
椅子に縛られたまま立ち上がった綾菜は後ろに立つごつい男に顔を掴まれ机に叩きつけられた。
「こっちが手を出さないのをいいことに・・・って気絶しちまったか・・・まあいい。今日はこれぐらいにしておこう。死なれた方が困るしな。明日再開だ」
「はっ!!」
そう言うとげらげら笑いながら牢屋から出て行った。
「う、うううう・・・誰か助けてよ・・・海聖・・・」
その声は誰にも届くことはなかった・・・