#4・つくってあそぼ
今日は夏休み。だが、義成達は学校に出て来ていた。
理由は一つ。今日は浮倉工業高校が夏休みに行っている「ものづくり教室」の開催日であるからだ。このイベントは数年前から周辺の小中学生向けに行われており、なかなか好評である。浮倉工業の一年生は専門学科に別れておらず、三年生は就職活動で忙しいため、どの学科も二年生が先生役として対応していた。
義成達材料科の実施内容は三つ。一つは液体窒素や形状記憶合金、暖めると加工が可能になる樹脂などに触れてみる、といった「材料科」の名前に相応しい内容だ。こちらは先日無事終了している。もう一つはサンドブラストで磨りガラス作り。最後の一つがステンドグラスでアクセサリー作り。この二件が今日行われる。これらは「材料科」っぽい内容ではないが、両方とも生徒が実習で経験しており、子供受けもいいため実施されている。なお、材料科は電気科と機械科の中間に位置しており、実習内容はパソコンから溶接までと何でもありな学科である。
義成達が受持っているのはステンドグラス作り。他の面子は、成美、一存、佐助といった仲良しメンバーである。学校行事なので、制服で来ている。ワイシャツの胸には手作りの名札があった。それぞれ苗字とニックネーム。義成は「バカ」、成美は「ハゲ」、一存は「キン肉」、佐助は「ゲヒ」と書かれている。それぞれ他人が書いたもので、悪意がないわけではない。
今回の開催時間は十時から十五時までであり、午前と午後で受講者が磨りガラス作りと入れ替わる。
「それにしてもギセイさん」
「ん?」
義成がステンドグラスの材料を用意していると、成美が不思議そうに問いかけてきた。
「俺や一さんは部活サボるためにこれやってるんだけどよ、ギセイさんはなんでやってるんだ?」
「そりゃお前、合法的に幼女と触れ合えるじゃねーか」
義成の答えに、場の全員からため息が漏れる。
「そんなことだろうとは思ってたが……」
「最低だね」
「ぐぬぬ」
周囲の罵倒に、義成は唇を噛む。確かにこのメンバーの中で、性癖が異常なのは自分だけだ。
成美は脚フェチ、一存は熟女―本人は「お姉さん好き」と言っているが―、佐助は巨乳好き。
そういえば、自分がロリコンになったきっかけってなんだっけ。
いなくなった近所の女の子が可愛くて、初恋で、その子の面影を追っている。そんな感じだっけ。そう言えばなんだか美談のように聞こえてくる。事実かどうかは曖昧だが、そういうことにしておこう。
「おーい、おまえらー。もうすぐ始まんぞー」
「「「「うぇーい」」」」
担当教師の畑謙の一言で、義成達は準備のほうに意識を戻すのだった。
今回のものづくり教室に参加する生徒が集まった。小学生低学年から中学生まで、合計十人いる。予想通り、ほとんどが女の子だ。中には一存の幼馴染だという弾の姿もある。なかなか可愛い子が揃っており、義成はほくそ笑んだ。
「それではー、ステンドグラスの作り方を説明しまーす」
成美が声をあげた。彼の外見はいかにも爽やかなスポーツマンといった趣であり、子供受けはなかなかいい。
「まずはガラスの縁にこの銅テープを貼りまーす。ガラスやテープで手を切らないように気をつけてくださいねー」
「テープの真ん中にガラスを乗せて、余った部分を左右に折り曲げてくださーい」
成美が説明する横で、義成が実演してみせる。実演している机を生徒の少女が取り囲んでおり、緊張こそするものの、なかなかいい気分である。事前に練習していただけに、なかなかうまくできた。
「テープを貼ったら、釉薬を塗って、半田付けをしまーす。半田ごてで半田を溶かして、こんな感じでくっつけまーす」
成美の説明の後、義成が実演。半田付けは中学生の頃から得意だったので、特に問題なくクリア。周囲から小さな拍手が起こる。
「なお、半田ごての先端はとっても熱いので、絶対に触らないでくださいねー」
「こんなふうになりまーす」
義成は半田ごてを一存の腕に一瞬だけ当てる。柔道部かつ筋トレが趣味というだけあって、彼の腕は太くて頑丈そうだ。
「うわっちい!?」
予想以上の熱さだったのか、一存は飛び上がった。笑い声が起こったが、一存の軽い火傷を見ると、それは嘆息に変わった。一存は流しに向かい、火傷した部分を冷やすのだった。
「それでは、気をつけながら始めてくださいねー。わからないことがあったら、お兄さん達に遠慮なく聞いてくださーい」
「はーい」
説明は終わり、生徒達はそれぞれの机に向かった。この教室には六人掛けの机が二つあり、隣にはサンドブラストの機械が置いてある。塗装ブースまで置いてあり、一見では何の教室なのかわからない。それは学生の義成達も同じで、適当に「多目的実習室」と思っている。
ちらりと流しを見てみると、弾が心配そうに一存のもとへ駆け寄っていた。先程は一番大笑いしていたように思えるのだが。
「ギセイさん、あの子は来んのか?」
場が動き始めたところで、成美が耳打ちしてきた。あの子とは乱子のことだろう。
「さぁ、話してないな。まぁ、あの面白生首のことだ。来るかもしれん」
「来たらどーすんだ?」
「あー、適当にごまかすよ。ま、さすがにあいつもわきまえるだろ」
とは言ったものの、嫌な予感は払拭できない。何事もないことを祈るのみだ。
「なるちゃん、ギセイさん、こっち手伝ってー!!」
案の定質問攻めが始まっている。てんやわんやとなっている佐助を救うべく、義成と成美は動き出した。
「あっ、あの、おおうち、さん……」
「はーい?」
質問だろうか。呼ばれたので、手を挙げている少女のほうに向かう。赤毛のポニーテール姿に眼鏡をかけている、小柄な美少女だ。どことなく育ちのよさそうな雰囲気を醸し出している。美少女の助けは笑顔で応じる。というか自然と笑顔になってしまう。
「どーしましたー? わかんないとこでもー?」
「あ、え、えっと、その」
少女はもじもじして、何も言わなくなってしまった。とりあえず笑顔のままだが、気まずいったらない。人見知りな美少女といところにはグッとくるものがあるが。
「ギセイさん、困らせちゃダメだよー?」
「違う違う、何もしてないっつの!!」
佐助の茶々も、まぁ納得できなくもない。今までの言動が悪いったらないのだ。
「あ、あの、やっぱり、その、いいです……」
しばらく少女の回答を待つ義成だったが、肝心の回答は素っ気ないものだった。何か心に引っかかるものを覚えたが、他に困っている子がいるのなら、そちらを優先させるべきだ。とりあえずこの少女は気にかけておくとして、別の質問に対応しに向かう義成だった。
昼休み。
義成達は食堂で一服していた。昼食代は先生が一人あたり五百円出してくれたので、今日の昼食は日頃食べているごぼう天うどんではなく、ごぼう天うどんに肉うどんの具をトッピングした豪華仕様だ。なお、ここらのごぼう天とはごぼうのかき揚げのことを指す。
今日は食堂も一般解放されており、結構な数の客が入っている。一存は弾と一緒に食事するらしく、席を外していた。
忙しかったのは最初だけで、次第に慣れた子が戸惑っている子に教える、といった形ができ、義成達は楽をできた。ケガもなく、全員が作品を制作でき、前半戦は無事終了、といったところか。あのもじもじしていた子も、不器用ながらなんとか作品を完成させている。何度か手伝ってもらいたそうにしていたが、そこは全部彼女の隣の子がやってくれた。少々残念である。
「いやー、一息ついたなー」
「だねー。ギセイさんが本当に楽しそうだった。通報しといたから」
「仕方ないだろ! あんなに子供がいたら楽しいさ!!」
「あ、そういえばなるちゃんの妹さん来なかったね」
「おお。子供会のキャンプと被っててな。まぁよかったよ。アイツが来てたら絶対ベタベタされてたからな」
「羨ましい。っていうかなるちゃんの妹さんをまた見てみたいよ」
「見ても何もないっつの。どうせ似てねぇしか言わねぇだろ」
「だから可愛いんだ」
「おい、失礼だぞ」
そんな雑談を交わしていると、一存が戻ってきた。手にはコーラの缶がある。
「お。おかえりー」
「おー、財布忘れたなんて言いやがったからな、昼飯おごってやったぞ。ガハハ」
脊髄反射的に「羨ましい」という言葉が出そうになったが、そういえば受付時に材料費で五百円払っているはずだ。財布を忘れたというのは何か苦しい感じがする。そう、一存にたかるための嘘に思える。毎朝の自転車通学といい、何かいいように利用されているような気がする。
「ジュースも飲みたいなんて言うから、ジュースまでおごったしな」
間違いない。利用されている。いや、美少女に利用されるのは悪い気分ではないが、さすがに一存が気の毒だ。成美も佐助もそのことにうすうす勘付いているのか、苦笑いを浮かべていた。
「よっしなっりさんっ」
背後から乱子の声が聞こえてきた。振り返ってみると、そこには乱子と花がいた。花は隣の部屋に住んでいるので、乱子の存在は教えている。とはいっても、デュラハンという説明ではなく、親戚の子を預かっているという形でだが。
午前中は磨りガラス作りのほうに参加していたらしい。そういえばステンドグラス作りの最中に磨りガラス班がサンドブラストを使いに来ていた。その頃はステンドグラスの仕上げで忙しく、乱子の存在には気付かなかった。
「なんだよ、お前か。それに花さんも」
「へへー、あたしは付き添いー」
「どうですか? なかなかうまくできてるでしょ?」
乱子が昼間に作ったと思われる磨りガラスを差し出してきた。丸いガラスに、ステッカー作成ソフトのプリセットと思われる図柄が刻まれている。
「お、やるじゃんか」
「あたしもやりたかったよー。でも材料に余裕がないからダメだってー」
花が不服そうに頬を膨らませる。その様子は小動物を連想させた。年上にも関わらず、どこか子供っぽいところがある人だ。
「乱子ちゃん達は今から文化部の展示を見てくるですよ。午後からよろしくです、ヨシナレス」
「んだよ、来るのかよ、ランコンティウス」
「ランコンって何かいやらしいですね」
「黙れ」
午後から来るのは確定らしい。乱子と花は手を振って、通常校舎のほうに向かっていった。
「なぁギセイさん、今の誰?」
後に残された義成に、予想通りの質問が飛んでくる。
「あぁ、親戚の子。両親が出張なんで、俺が預かってる」
「そっちじゃない! 隣の人!!」
全員が注目していたのは、乱子ではなく花のほうだった。
「あぁ、隣に住んでる大学生」
「「「紹介しろっ!!」」」
いつもとは逆のパターンだった。考えてみれば、高校まで陸上をやっており、今でもジョギングは続けているという花の脚はすらりとしている。今日もハーフパンツだったので、余計に脚が目立っていた。という訳で、脚フェチの成美はノックアウト。そして、花は小柄でありながら巨乳である。ジョギングのときに胸が揺れているのを何度も見た。という訳で、巨乳好きの佐助もノックアウト。さらに、花は年上には見えないが、一応大学生である。という訳で、年上好きの一存もノックアウト。三者三振、見事な投球だ。
「いや、あの人は男に興味ないってさ」
そんなわけで、花は友人連中に人気が高い。一年の頃、別のクラスの友人に頼まれて、彼を紹介したことがあったが、返ってきたのはそんな言葉だった。
「えっ……」
「まさか……」
男に興味がない。それは恋愛以外のことが充実しているという意味なのだろう。だが、ここにいる思春期の男性は、そうは受け取れない。
男に興味がないと言われて、真っ先に思いつくのは、同性愛者。
「見かけによらないね。あ、でもちっちゃくて可愛い感じだから、お姉様から需要があるのかも」
「それはそれでいいな、ガハハ」
「お前ら……まぁうん、否定しない!」
どんな形にせよ、夢をもつのはいいことである。これは夢というか妄想だが。それも失礼な。
どうにか午後の部も無事に終わり、義成と乱子は家路を辿っていた。花は今から用事があるとのことで、帰りは別々だ。
予想通り、乱子はやたら義成に質問し、義成はいつ首がもげるかハラハラしながら対応していた。だが、出来上がったものを見て、無邪気に喜んでいるあたり、やはり子供なのだな、と思う義成だった。
正直なところ、少々ときめいていた。何度も言うが、これで首さえもげなければ。
「義成さん、今日はありがとうございました。凄く思い出になりました」
「何だよ急にかしこまって。気味悪いな」
乱子の顔は真剣だった。だとすれば、少し悪いことを言ってしまったような気がする。
「これが私と義成さんの愛の結晶です」
「愛の結晶言うな。っていうか愛はねーよ」
と思っていたら、いつものノリ。ほっとしたような、残念なような。
河合荘の近くまで来たところで、珍しい人影を見つけた。ここは正直田舎なので、周囲に住んでいる人はある程度知っている。だが、目の前にいるのは、明らかに周囲と乖離しているような服装である。
背の高い女性と、もう一人は小柄な少女。背の高い女性は、黒いショートヘアに、半袖のシャツとタイトなミニスカート姿。その色合いも真っ黒で、漫画なんかでありそうなデザインだ。少女のほうはといえば、赤毛のポニーテールに、こちらも漫画なんかでありそうな変わった制服。
赤毛のポニーテールと見て、午前の部に着ていた少女を思い出す義成だった。ともかく、コスプレか何かだろうか。こんな田舎で、珍しいことだ。
「……大内義成さん、ですわね?」
すれ違おうとした矢先。赤毛の少女が声をかけてきた。
「……そうだけど」
「話がありますの。……よろしいですか?」
「話?」
赤毛の少女は、よく見れば午前中の少女だった。衣装と雰囲気が随分と異なるが。
「あれ? 午前中の……?」
「そんなことはどうでもいいではありませんか。……立ち話も何ですから、お邪魔してよろしいですか?」
午前中に見た少女はやたらおどおどしていたが、目の前の少女はやたら尊大な感じがする。長身の女性は何も喋らないが、どこか凄んでいる感じがする。何かの勧誘なのだろうか。だが、断るとなんだか面倒なことになりそうだ。
「……まぁ、少しなら」
面倒なことになるとアレなので、とりあえず部屋に案内する義成だった。
不安そうな表情の乱子には気付かぬまま。
半年以上経ってる? 気のせいですよ。




