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#3・あの娘の彼

 六月初頭の金曜日。

 義成は実習の合間の休み時間に、成美と佐助とで食堂に来ていた。時刻は十四時五十分。あと一時間で今週も終わり。

 だが、最後に待ち受けていたのはとんでもない強敵だった。義成達は缶ジュースを片手に、肩を落としている。外は雨。じめじめした気候が、三人を余計に落ち込ませた。

「……きっついなー」

 現役で部活をしており、この中では一番体力があると思われる成美ですらため息をつく。彼はこの後部活も待ち受けているので、余計に気が滅入るのだろう。

 今回の実習はアルミの砂型鋳造。溶かしたアルミを砂型に流し込み、鋳物を作るといったものだ。今回作った物は、一年を通して作り上げる「電気スタンド」の台座になる。義成達は前回の実習で電気回路を作っており、前回はイライラするのみで体力は消耗しなかった。が、今回は体力を滅茶苦茶消耗している。

「一さんが『楽勝楽勝、ガハハ』なんて笑ってたから、甘く見てたな……」

「考えてみれば、一さん人間じゃないからねぇ……」

 そう、ひどいのは暑さである。ただでさえ蒸し暑い工場内で、溶けたアルミ―アルミの融点は660℃―を使うのだ。まだ六月であるにも関わらず、汗だくである。疲れて渇いた体に、炭酸飲料の甘味と刺激が心地よい。

 別に会話もなく、ただグダグダと過ごしていると、チャイムが鳴った。工場は食堂の隣であり、チャイムが鳴ってからでも十分間に合う。

「あー、行くか」

「だねー。あと一時間、頑張ろっか」

「部活行きたかねーなぁ……」

 三人はぼやきながら空き缶をゴミ箱に放り込むと、とぼとぼと工場に向かうのだった。



「ただいまー」

 義成は傘を畳むと、自宅に戻った。実習で汗をかいたうえにこの雨である。体がベタベタしてしょうがない。さっさとシャワーを浴びよう。

「あ、おかえりなさいー」

「やー。お邪魔してるよ」

 部屋の中には、乱子と遼がいた。二人で何かボードゲームをやっているようだ。乱子の首と遼が向かい合い、その間には乱子の体がいる。

 どうやら二人がやっているのは人生ゲームで、乱子の体は銀行役のようだ。確かに頭からすれば面倒ではないだろうが、結局銀行役をやるのは乱子である。頭はそれに気付いていないらしく、得意気な表情を浮かべている。

「どうですか。だれもやりたがらない銀行役も、体が別行動できればこの通り。暗い暗いと言う前に、すすんで灯りをつけましょうの精神です」

「はいはい、すごいすごい」

 突っ込むのも面倒だ。義成は鞄を置いて、長袖のカッターシャツを脱ぐ。

「きゃっ!! もう、白鳥さんが見てる前で、そんな……。まだ心の準備というものがっ!! でも無理矢理も嫌いじゃないですよ!」

 そして乱子の反応は予想通り。

「何オゾいこと考えてんだ、この猥褻生首」

「あ~らあらあらあら~、ひょっとしてあたしはお邪魔さん~?」

「白鳥さんまで何言ってるんだよ。シャワー浴びるだけだ、シャワーを」

「「シャワーって、OKサインだよね」」

 二人のリアクションがハモっているのがなんだか無性に腹立たしい。とはいえ、疲れきっている体でこの二人に付き合おうとは思っていない。義成は替えの下着と部屋着と用意すると、二人のことは無視して、シャワーを浴びに行くのだった。



 シャワーから戻ってきてみると、乱子と遼はまだ人生ゲームに興じていた。なんでまたこの二人で人生ゲームをやっているんだろうか。とりあえず空いた場所に腰掛ける。

「何でまた人生ゲームとかやってんだ?」

「いやー、暇だからさー。かといって遠出もめんどくさいし。たまたま乱子ちゃんが暇そうにしてたからさ」

「見てください、この幸せな家庭を。結婚して、子供は四人。一番上は男の子で、あとは女の子。もちろん妹は全員ブラコンですよ」

「なんだよその詳細なディティール。羨ましいけどな」

「あ、義成さんはお兄ちゃんじゃなくて、私の隣ですよ」

「待て、俺を巻き込むな!!!」

 幼女と結婚したいと思ったことはあるが、相手が乱子なら話は別だ。何が悲しくてデュラハン娘と結婚しなくてはならないのだ。

「もう、義成さんが激しいから、子供が四人も……うふふふ」

「いらんこと考えるな、オゾいっ!!」

「避妊しないからだよ。やればできるのに」

「白鳥さん、下品すぎるわ!!」

「義成さん相手なら無防備でも……」

「だからやめんか!!」

 下ネタは嫌いではないが、このままだと際限なく下品な方向に話が進みそうなので、乱子の頭をはたく。下ネタ好きな幼女とかありえない。

 遼の駒を見てみると、終盤にも近いというのに独り身だった。珍しいこともあるものだ。

「で、白鳥さんは独身なんだな」

「はい、家賃二割増」

「待て待て待てぇ!? なんでそうなる!?」

 なんとなく感想を述べただけなのに、いきなりの家賃上げ。あまりにも理不尽な事態に、義成は困惑する。

「やだねぇ、冗談よ、冗談」

「目が笑ってないんすけど!?」

 結婚という単語はNGワードらしい。いつか本気で家賃を上げられそうな気がするので、これからは気をつけよう。

「まぁまぁ、義成さんもどうですか?」

「そうだな、せっかくだし」

 考えてみれば、人生ゲームなど久しぶりだ。こんな機会でもないとやらないだろう。義成は駒を用意すると、ルーレットを回すのだった。



 二時間後。

「あ、やば、そろそろ帰って仕事しないとまずいなぁ……」

「仕事あったのかよ!?」

 遼はイラストレーターで、アパート管理は副業のようだ。というかさっき「暇だから」なんてのたまっていたような気がする。

「まぁ、気分転換には成功。さ、片付け片付け」

「せっかくサッカー選手になったのにな……」

「あれ、義成さん、サッカー選手が夢だったんですか?」

「小学校の頃はな」

 サッカー選手という職業は小学生男子にとっては憧れの職業の一つである。義成は今でこそ特殊な性癖を持ってしまったが、小学生の頃は普通だったのだ。

「今からでも遅くありませんよ! 私が練習に付き合ってあげます! そして疲れた義成さんに寄り添うんです!」

「じゃあシュートの練習をするか」

「ちょ、私の首は恋人なんですよ!! ボールは友達ですから、恋人と友達の違いは大きいです!!」

「あんたら、漫才よりも片付けやりなさいよ」

「「はーい」」

 人生ゲームは片付けが一番面倒臭い。散らばったお札を集め、ケースに戻していく。言いだしっぺの遼は何もせず、指示だけ。刃向かいたいが今の力量では返り討ちに遭うのがオチだ。反逆の衝動をぐっとこらえる。

「よし、おつかれさまー。んじゃね、おやすみー」

「はーい、おやすみなさーい」

 遼は人生ゲームを持って、義成の部屋から出て行った。時計を見るといい時間である。腹も減ってきた。

「あ、もうこんな時間ですか。ご飯作りますね」

「おーう」

 色々とアレな乱子であるが、こういうときは素直に役立つと思える。料理の腕は良いのだ。

 夕食ができるまで横になってテレビを見ていた義成だったが、突然携帯電話が鳴った。

「あ、鳴らないケータイが」

「やかましい」

 電話の主を確認すると、成美であった。部活帰りだろうか。とりあえず電話に出る。

「うぇーい」

『おお、ギセイさんか。電話よかったか?』

「おー、暇してた。どした?」

『いやな、織やんの『紳士の映画』、次はギセイさんだっただろ』

「そうだよ。今日なるちゃんが忘れるから……。楽しみにしてたんだぞ」

 先日佐助が持って来ていた「紳士の映画」は非常に評判がよく、一存も絶賛していた。借りることになった義成も楽しみにしていたのである。

『悪い、持って来てたわ』

 成美は口ではそう言っているが、全然悪びれた様子はなかった。おおかた鞄の中に入れっぱなしで忘れていたのだろう。

「おま、何忘れてんだよ」

『いや、悪い悪い。今から持っていくわ』

「今から? もう遅くねーか?」

『いや、今ギセイさんの前だし』

「おい」

 つい笑いが出た。成美は原付登校なので、この程度の寄り道はなんともないのだろう。

「まぁいいわ。待ってる」

『オーケー』

 そこで電話は切れた。気付けば乱子がエプロンで手を拭きながら横にいる。

「どうしたんですか?」

「友達が来る。……あ、お前の存在を忘れてたわ」

「ちょっと、嫁たる乱子ちゃんを忘れるとは何事ですか! いいですよ、見せ付けてやりましょうよ! 私と義成さんのラブラブっぷりを!!」

「別にラブラブもしてないわ! いいか、絶対首とかもぐなよ!」

「わかってますよー。他人の前で首をもがないとか、常識じゃないですか」

「その常識が通用しないから言っとるんだ」

 そもそも首がもげるということ自体が非常識ということには気付いていない義成だった。慣れというものは恐ろしい。

 チャイムが鳴った。成美が来たのだろう。玄関に迎えに行く。

「よーう」

「おー、お疲れー」

 予想通り、制服姿の成美がいた。学校帰りだからか、カッターシャツをズボンから出して、ボタンもいくつか開けているラフな格好だ。何も言ってないのに部屋の中に入ってくるあたり、気の置けない間柄である。

「いやー、悪い悪い。ほれ」

「おー、サンキュー」

 成美からディスクを受け取る。乱子にばれないよう適当なCDケースに入れておく。いくら色々とアレな乱子とはいえ、異性に卑猥な物件を見られるのは恥ずかしい。

「お話、終わりましたー?」

「はうあ!!」

 成美が面食らったのも無理はない。乱子が出てきたからだ。

 友人の家に見たことのない幼女がいる。驚くなというのは無理な話だ。

「おい、ギセイさん、なんだこの子」

 見られたからには仕方ない。事情を説明しておかないと誤解されてしまう。

「あー、色々と深い事情が……」

「深い情事!? いやん、義成さん、そんな人前で……」

「何が情事だ、このたわけが!」

 乱子の頭を思いっきりはたく。

「あ」

 力が強すぎたのか、それともわざとか。乱子の首がもげた。

「はうあ!!!」

「……うん。こいつはデュラハンの花房乱子。故あって居候してる」

「いや、驚かせちゃってすみません」

「あぁ、うん。こっちこそ……」

 成美は最初こそ驚いていたが、次第に落ち着いてきたようだ。やけに回復が早い。こんなに冷静な奴だったか。

「……あれ、なるちゃん、あんまり驚いてねーな」

「まぁ、最初はビビッたけどな。ぶっちゃけ、ラミアが彼女って友達がいるから……」

「「はぁ!?」」

 ラミアというと、RPGなんかに出てくる、上半身が女性で下半身が蛇というモンスターだ。そんなものが実在するのかと思ったが、目の前にデュラハンがいる。デュラハンがいるのならラミアがいてもおかしくはない。

 なるほど、成美がそこまで驚かなかったわけだ。

「ラミアとかマジでないですよ。下半身蛇じゃないですか」

「いや、デュラハンもないぞ。首もげてるじゃねーか」

「だな。そのラミアの子、上半身はすげー美人で、気立てもいいからな。確かにあの子には惚れるわ」

「気立てなら乱子ちゃんも負けてないですよ!」

「いや、気立てがいい子は自分でそんなこと言わない」

 とは言ったものの、乱子はなかなかよく動く。義成は何度か「これでデュラハンじゃなけりゃ下ネタも我慢するのに……」と思ったことがある。

「まぁうん、色々あるから、この件は内緒で頼むわ」

「おう、わかった。この様子だと犯罪の臭いはねぇしな」

「信用ないなオイ!?」

「そりゃ可愛くてちっちゃい女の子だからな」

「首もげてるけどな」

「そうだけど。まぁ妹よりは可愛い」

「首もげてるのを『そうだけど』の一言で済ますなるちゃんにびっくりだよ」

「お褒めいただき光栄ですー。あ、せっかくですから、ご飯を食べていきませんか?」

「お。じゃあ呼ばれてく」

 成美の適応力に驚きながらも、義成は居間に成美を通すのだった。




 河合荘のすぐそば。

 成美を見送る義成と乱子の姿を遠くから見ている少女がいた。赤毛のポニーテール姿で、身長は低いが勝気そうな雰囲気だ。

 少女は携帯電話を取り出すと、電話をかけ始めた。

「……あ、クロさんですか。つるぎですわ。……例の娘を見つけました。えぇ、はい。引き続き監視は継続しますわ。本部に連絡を……え、もうメールを打ってらっしゃいますの? さすが、速いですわね」

 成美の原付が前を通ったので、道の端に身をかわす。

「えぇ、わかっています。魔法少女本田つるぎの初仕事ですもの。ヘマなんかしませんわ」

 つるぎと名乗った少女は笑みを浮かべると、携帯電話を閉じた。

今度は魔法少女ですか。


成美が言ってたラミアが彼女っていう友達は別作品を参照してくださいw

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