#2・愛妻家の朝食
オニイチャンアサダヨオキテ。
世のロリコンの眠りを覚ます呪文である。無論、幼女以外に使える者はいない。
そして、ここにも一人、その呪文を使いこなす者がいた。
「お兄ちゃん朝だよ! ほら、さっさと起きて! 遅刻しちゃうよ!」
幼女の声が聞こえた。まさかと思いつつ、義成はゆっくりと目を開ける。そこには、布団の上にちょこんと置かれた幼女の生首があった。
そう、昨日居候させる羽目になった、デュラハンの花房乱子。彼女の首だ。
「はうあ!!!」
一気に目が覚める。得意げな表情の乱子がなんだか腹立たしい。
「ふっふっふ、どうですか。これぞ花房式目覚まし。この可愛い声で起きられるだなんて、幸せ者ですね」
時計を見ると午前7時15分。学校は8時40分からであり、学校までも歩いて10分の距離なので、普段は8時前に起きているというのに。とりあえず罰を与えるべく、乱子の首を持ち上げる。
「はや? 一体どういう心境ですか? さてはご褒美のちゅー!? いやん、まだ心の準備というものがっ」
なんだか変なテンションの乱子は無視しつつ、ベッドの側にある箪笥のてっぺんに乱子の首を置く。箪笥の高さは義成の身長よりやや高く、乱子の体では到底届かない高さだ。
「え!? ちょ、ま、おーろーしーてーくーだーさーいー!!」
「俺の眠りを妨げた罰だ!! 寝起きにあんなオゾいもん見せやがって!!」
「オゾいとはなんですか、乱子ちゃんのプリチーフェイスですよ! 欲情の一つぐらいしてください!!」
「やかましい、自分でプリチーとか言うな! しばらくそこで頭冷やしとけ!!」
二度寝には微妙な時間。それに目が冴えてしまったので、とりあえずテーブルに向かう。テーブルの側には乱子の体。猟奇的事件を予感させる光景に思わずため息をつく。
ちなみにこのアパートは1Kに風呂とトイレ付き。まぁそこそこの物件である。
テーブルの上には、暖かい湯気を立てている白飯と味噌汁、それと玉子焼きがそれぞれ二膳ずつあった。ひょっとして乱子が作ったのか。
「おい面白生首」
「なんですか? というか面白生首と認めてくれたんですね?」
「いや、認めてはないぞ」
「はいはいツンデレツンデレ」
「やかましい。朝飯作ったのか?」
「はいですよ」
久々のまともな朝食である。ここ最近の朝食といえば、食べないか食パン1枚とか、そんな貧相なものだ。久々に見る普通の朝食は、なんだかとても美味しそうに見えた。
「たまには役に立つことするじゃねーか」
「任せてくださいよ、生首幼女メイドにもなれますよ!」
「生首はいらんな」
幼女メイドという言葉にはときめかざるを得ないが、生首という単語一つで台無しだ。
「おい、そんなところにいないで下りてこいよ。飯にするぞ」
「自分で上げておいて!?」
乱子がどんな動きをするのか見物すべく、あえて首を下ろしには行かない。すると、突然体が動き出し、ベッドによじ登って、箪笥の上にある乱子の首を取った。
「……オゾい光景だな。っていうか遠隔操作できるんだな」
「はいですよ。視界はこの目が見てる範囲だけになりますけど」
結構便利に思えてきた。
乱子が義成の向かいに座る。どこからか割箸を探してきていた。
「んじゃま、いただきます」
とりあえず、玉子焼きを食べてみる。中に海苔が巻いてあって、少し辛めだが、なかなかの味だ。
「……うん、意外とうまいじゃねーか」
「でしょう。花房式玉子焼きですよ。どのへんが花房式かは内緒ですけど!」
味噌汁をすすってみると、こちらもなかなかの味。具は若布と玉葱で、どこか懐かしさを感じさせる味だった。
「……うーん」
「どうしました?」
「いや、なんでか知らないけど、食ったことのある味だなーって」
「おお、お袋の味を完全再現ですか」
「いいや、残念ながら、まだ及ばねーな」
義成の母親はなかなかの料理上手である。中学校の頃は弁当が美味くて助かったものだ。
「……なるほど。では義成さんのお母様よりも料理が上手くなれば、結婚ということですね」
「ねーよ。っていうかお前さんは結婚できる歳なのか?」
「……ワタシハエイエンノジュウニサイ」
「棒読みじゃねーか。……まぁ、首取れてりゃそうそう歳は取らないな」
「便利な体ですよ。義成さんもひとつどうですか?」
「なるか!!」
いつまでもこんなやりとりをしていたら、朝食が冷めてしまう。それは料理に失礼だ。とりあえず食事に集中しよう。
そんな義成の姿を見てか、乱子も食事を始めた。
「んじゃま、行ってくるわ」
義成は制服のブレザーに着替えて、玄関で靴を履く。高校指定のものは制服だけで、靴と鞄は自由。というわけで、靴はスニーカー、鞄はトートバッグ。教科書は全部学校に置いているし、昼食は学食にしているので、学校に持っていくのは筆箱だけだ。おかげさまで学校のロッカーは教科書に体操服に作業着にと手狭である。
「はいはーい。遅くなるようでしたら電話してくださいね?」
「いや、電話ねーし」
義成の連絡手段は携帯電話のみ。その携帯電話も学校に持って行っているので、部屋への連絡手段は全く無い。大家の遼に伝言を頼むという手もあるが、彼女はズボラなので忘れられる可能性が高い。
なお、学校は携帯禁止である。持って行っても常時マナーモードだし、時計代わりにしか使わないのだが。
靴を履いて外に出ると、隣の住人と出会った。
「あ、ギセイ君おはよ」
「ども。花さん、今日は早いっすね」
隣の住人である風間花。隣の市にある大学に通う大学二年生。小柄かつショートカットで、どこか小動物のような印象を受ける。
「いやー、ちょっと約束があってねぇー。ところでギセイ君、なんだか女の子の声がしたんだけど……」
「ぎくっ!!!」
まずいところを聞かれた。乱子は首さえ取らなければ普通の幼女に見えるのだ。警察沙汰になってもおかしくない。
「ひょっとして、コレ?」
花はにやりと笑うと、小指を立ててくる。
「違います、違います」
あぁ、これが冤罪なんだな。何が悲しくてあんな面白生首と付き合わねばならんのだ。
義成は心の中でそう呟いた。
「まぁ、ほどほどにねー。んじゃ、電車来るから、またねー」
「はーい……」
なんだか誤解したまま、花は駅方面に走っていった。中高と陸上部だったらしく、足は速い。
「朝っぱらから疲れちまったな……」
こんな賑やかな朝は久しぶりだ。学校までの道が非常に気だるく感じられる。
歩くにつれ、同じ制服を着た人間が多くなってきた。工業高校という性質か、見かけるのは男子ばかりだが。
横断歩道で信号待ちをしていると、隣に自転車が停まった。見たことのある自転車である。
「よぉーギセイさん」
「おお、一さん。おはようさん」
同級生の三好一存。小学校からの腐れ縁。柔道部に所属しているうえに筋トレが趣味というだけあってか、がっちりとした肉体の好漢である。
そんな一存に隠れるかのように、自転車の荷台から少女が降りた。見たところ小学校高学年ぐらい。一存とは似ても似つかぬ美少女である。
「……!? おい一さん、後ろの子は!?」
「ああ、近所に住んでる弾ちゃんだ。毎朝ここまで送ってんだよ。ギセイさんとは朝会わねーからなぁ」
確かにこのあたりの校区である畑丸小学校は横断歩道を渡って右、浮倉工業は左に進む。しかし、毎朝近所の少女と二人乗りで通学とは、なんとも羨ましい話だ。
「松永弾です。いつも一兄がお世話になってます」
弾がぺこりと頭を下げた。少々小悪魔な雰囲気があるが、なんとも可愛らしい少女である。実に羨ましい。
そうこうしてるうちに信号が青になり、横断歩道を渡った。一存は自転車から降りている。
「それじゃ一兄、またねー!」
「おーう」
横断歩道を渡り終えると、弾はこちらに手を振って、小学校のほうに駆けていった。彼女の姿が小さくなるや否や、義成は一存に迫る。
「紹介しろ!!!」
「しねーよっ」
一存はからからと笑う。知人の少女に迫るのは義成の持ちネタのようなものであり、いつも軽く流される。義成としては結構本気なのだが。
「それにしても、なんで毎朝送ってんだ?」
「いや、中学の頃は朝練やってたけど、今は朝練ねーんだわ。そんなこと弾に話したら、じゃあ毎朝送ってよってことになってな。まぁいいトレーニングだぜ」
「……うらやましいッ……!!」
毎朝少女と一緒に自転車に乗れるなんて羨ましいイベントを筋トレとしか考えていない一存に軽く殺意を覚えつつ、浮倉工業に到着。駐輪場に向かう一存と別れ、義成は上履きのスリッパに履き替えて教室に向かった。このスリッパは何度見ても便所スリッパにしか見えない。学年ごとに色が異なり、青・灰・緑のローテーションだ。義成の世代の色は青であり、余計に便所スリッパっぽい。
「うぃーっす」
通常校舎三階にある、材料科二年の教室に入る。鞄を机にかけて、今日の教科書を廊下のロッカーから取り出す。別にシャレではない。
今日の科目は金属工学(専門科目)・実習Bが2コマ・昼休みを挟んで物理・英語・社会となっている。昼からが地獄だ。間違いなく睡魔との戦いになる。
実習やって食事やっての理系科目は拷問である。
「ギセイ、おはよーう」
椅子に座ると、友人が気だるそうに机にもたれてきた。高校からの付き合いである、井上成美。坊主頭で痩身の、いかにもスポーツマンといった趣である。実際バレー部に所属しており、技術はかなりのものだ。学力も―この高校では―中の上と、スペックはなかなか高い。
「おー、なるちゃん。眠そうじゃねーか」
「いやな、妹がな……」
妹。その言葉に、義成は目を輝かせる。成美の家に遊びに行ったときに一度だけ見たが、兄に似ず可愛らしい少女だった。確か五つ下の小学六年生だそうだ。
「おい、詳しく言え。結果次第では俺はお前を殺さねばならん」
「マジか。……いや、辛木小は今日から修学旅行でN県に行くんだが」
辛木小はここから車で二十分ほどの距離にある。
N県は隣の隣の県であり、ここらの小学校では定番の修学旅行先だ。
「ああ、ウチもN県だったな」
「んでな、にーにーと一緒じゃなきゃ嫌ーーーっ!!! ……ってずっとぐずっててな。しかも俺の布団で。おかげで寝たの二時回ってたぜ」
成美が遭遇したシチュエーションを想像すると、義成の心にどす黒いものがたまっていった。
「てめえ!! そんな羨ましいシチュで何もしなかったっていうのかーーーっ!!!」
「何もする訳ねーだろーが!! 相手は妹だぞ!!!」
「妹だからいいんじゃねーか!! しかもなるちゃん、にーにーって呼ばれてんのか!?」
「まーな。いい年だからその呼び方はやめろって言ってんだが」
にーにー。お兄ちゃんとはまた違った、可愛げのある呼び方。
「くそ、てめぇ俺と代われ!! 俺もにーにーって呼ばれたいよ!!」
「いや、実際呼ばれてみろ!? マジでウザいぞ!!」
「にーにー♪」
後ろから野太い声が聞こえてきたと思ったら、一存が後ろから抱きついてきた。
「うわあああああっ!! オゾい、死ぬっ!!」
「おわ、マジきめぇ……。それはないわー……」
「おま、呼ばれたいって言ってたじゃねーかよ」
義成と成美からのブーイングで、一存は義成から離れる。
「俺が呼ばれたいのは可愛い少女からであってな、お前のような筋肉ダルマからは呼ばれたくないわ!!」
「俺も呼ばれたくねーな……。一さんからはお兄ちゃんとも呼ばれたくない」
「ガハハ、俺にできることは筋トレぐらいだからな!!」
一存が豪放に笑うと、チャイムが鳴った。朝の十分間読書の合図である。教室の中で好き放題話していた生徒はざわめきつつも席に戻り、それぞれ本を読み出した。
二時限目が終わり、義成と成美は溶接実習室で一息ついていた。実習は出席番号順に4グループに分かれているため、一存は別のグループだ。
今日の実習は溶接の練習を兼ねた、材料引張試験。二つの鉄板を溶接で繋ぎ合わせ、それを引張試験機にかけて、溶接の強度を測定する、といった内容だ。先週の実習は、試験片に鋼球を当てて、その跳ね返りで硬度を測定するといった退屈な内容だったせいか、今週はなかなか楽しめている。
ましてや担当教師が「一番強かった奴にジュース一本奢る」と言ったため、余計に熱が入るというものだ。我ながら単純だと思う。
「腹減ったな、ギセイさん」
「おー。学食にチキンカツでも食いに行くか?」
「おう、行こうぜ」
チキンカツは早弁用の人気メニューである。実習なんかで「腹減った」とのたまう奴が多いせいか、午前中の休み時間に限り提供されている。単品で90円、ご飯付きで150円と手ごろな値段なので、懐にも優しい。
そうと決まれば善は急げ。実習用の安全靴からスリッパに履き替えると、二人は食堂に走った。この高校はやたら広く、各科ごとに三階建ての実習棟が備わっており、材料科の実習棟は敷地の北端にある。急がないと間に合わない。
食堂の前にたどり着いたところで、校内放送が鳴った。
『2-Zの大内義成君、ご家庭の方がお見えになっています。至急、事務室まで来てください』
Zは材料科の略で、他に建築科はA、土木科はC、デザイン科はD、機械科はK、電気科はEとなっている。
「お、ギセイさんどーした?」
「さぁ? しゃあない、とりあえず行ってくるわ」
「おー。ハタケンには言っとくわ」
「悪い」
今回の実習の担当教師は畑謙。苗字ではなく、フルネームだ。そのため、生徒からのあだ名はハタケン。そのままである。
ともあれ、家の人が来ている。両親は共働きで、今の時間帯は仕事だろう。となると、思い当たる節は唯一つ。
「あ、義成さーん」
予想は的中。来ているのは乱子だった。事務室の前で、なにやら手荷物を振りかざしている。
「何しに来た、面白生首」
「何って、お弁当ですよー。せっかく作ったのに忘れるんですもん」
「弁当?」
乱子の手荷物をよく見てみると、中学生の頃から使っていた、二階建ての弁当箱だ。高校に入ってから学食ばかりで、ほとんど使うことはなかったというのに。というかどこから引っ張り出してきたのやら。
「弁当っておま、俺はいつも学食だっつに」
「まぁまぁ、せっかく作ったんです。お金の節約と思って」
「まぁ……しゃあないな。ただ、今度から弁当作ったら朝に言えよ。恥ずかしいんだからな、これ」
週に二回しか着ないからと一学期毎にしか洗濯しない、小汚い作業着で事務室の前にいるのは正直恥ずかしい。
「乱子ちゃんも恥ずかしいですよ。部外者が学校に行くのって恥ずかしいんですよ」
「だからそういう恥ずかしさを覚えないように、ちゃんと弁当作ったって言えよ。まぁ、作ってくれたのは嬉しいけどな」
「おおお、デレ来ましたよデレ」
乱子の茶化すようなテンションが恥ずかしいやら苛立つやら。
「はいはい、用事が済んだらさっさと帰れよ。実習棟遠いんだからな」
「はーい。帰ったら感想聞かせてくださいね」
「覚えてりゃな」
乱子を追い払うと、弁当を持って教室に向かう。教室には鍵がかかっているので、とりあえずロッカーに放り込むと、休み時間は残り数分。まずい。教室から実習棟までは3~4分かかるので、走れば間に合うだろう。帰ったら乱子に文句の一つでも言おう。
そんなことを考えながら、義成は実習棟に走るのだった。
実習終わって、昼休み。いつもは作業着のまま食堂に向かうのだが、今日は弁当があるので、教室に戻る。作業着の上着を脱いで、ズボンを履き替えると、適当に畳んでロッカーに放り込む。
「ギセイさんが弁当は珍しいね」
席に着くと、後ろの席の友人、織部佐助が声をかけてきた。高校に入ってからの付き合いで、ゲームや漫画等をよく貸してくれる。眼鏡をかけた、少々おとなしそうな雰囲気の男だ。
「おー。たまたま親が来ててなぁ」
考えてみれば、教室で昼食をとるのは何ヶ月ぶりのことだろうか。高校に入りたての頃は学食の仕組みがわからず、購買のパンを教室で食べたりもしていたが、今では食堂ばかりだ。
いつも一緒に食堂に行っている成美に食後のアイスを買ってきてもらうよう頼んでいるので、彼が帰ってくるまでに食べてしまおう。弁当箱を開ける。
まずは二階のおかず入れ。朝に出た玉子焼きの残りと、鳥の唐揚げに焼きそばだ。玉子焼き以外は冷凍食品に思えたが、よく見ると唐揚げは手作りのようだ。雰囲気からすると、義成が学校に出てから作ったように思える。おそらく急な思い付きだろう。まったく面倒な奴である。
ため息をつきながら、今度は一階のご飯入れを開ける。
「ぶっ!?」
開けた瞬間、義成は思わず吹きだした。白ご飯の上には、海苔で作られたハート。ご丁寧に海苔で「LOVE」とまで描かれている。
「ギセイさん、どしたの?」
「い、いや、なんでもない」
怪しまれないように、とりあえずハート部分だけをかきこむ。急にかきこんだせいか、少々むせた。
「げほげほ……。織やん、お茶ちょうだい……」
「何がっついてんの」
佐助に笑われながら、後ろから水筒を受け取り、麦茶を少し飲む。少し落ち着いてから、とりあえずおかずを食べてみることにした。まずは唐揚げ。まだ温かく、味付けも良い塩梅だ。これで不味かったら批判のネタになるのだが、どうやら乱子は料理上手らしい。結局は態度しか批判できないため、義成は肩を落とした。
それにしても、本当にどこかで食べたことのある味である。はっきりと思い出せない、ぼんやりとした記憶。
普段の昼食は賑やかな食堂で成美や一存と馬鹿話をしながら食べているのだが、教室では特に喋ることがない。微妙に違和感を覚えつつ、なんとか完食。正直美味かったし、腹も良い具合に膨れた。普段はチャン麺―中華麺にうどんの出汁をかけたもの―ばかり食べているから余計にそう感じる。
弁当箱を鞄にしまい、カッターシャツの上にブレザーを羽織っていると、成美と一存が戻ってきた。二人とも作業着姿であり、いつもどおり実習を終えてから直で食堂に行ったようだ。
「お。なるちゃん、トラ吉あった?」
「おう。ほい」
成美が作業着の上着のポケットから棒アイスを差し出す。チョコバナナ味の当たり付きアイスだ。最近60円から80円に値上げされたものの、小学生の頃から変わらぬ味で、好物の一つである。
「センキュー。ほい、100円」
「おう。20円は手間賃な」
「おま、まぁいいけどな」
成美に100円玉を手渡し、アイスをかじる。アイスは食堂で食べろという校則があるが、もはや有名無実と化している。まぁ教室内で煙草を吸う奴もいるので、アイスぐらいはどうということはない。
すると、制服に着替えた一存がこちらに近寄ってきた。手には白いラベルのディスクがある。
「織やん、これ良かったわ」
「お。でしょう」
「できることならコピーしようと思ったぐらいだ、ガハハ」
「なんだそれ、映画か?」
成美も着替えてからこちらに来た。
「『紳士の映画』だよ」
紳士の映画。仲間の間で使われている隠語の一つで、青少年にはふさわしくない映像コンテンツのことである。
「マジか! ……ちょっと貸してくれねーか?」
佐助が持ってくる「紳士の映画」に外れはない。義成は中身が気になり、机の上に置かれていたディスクを手に取る。
「いいよいいよ。どうぞ使ってください。ゲヒヒ」
「よっしゃ、センキュー」
これで楽しみが一つできた。義成はディスクを嬉しそうに鞄へと入れるのだった。
「ただいまー」
義成は自宅の扉を開けた。今日は定時である。
扉を開けた瞬間、おぞましい光景が目に飛び込んできた。
「はうあ!!!」
「おかえりなさい。ご飯にします? お風呂にします? それとも……私?」
玄関先には乱子の首があったからだ。体は何をしているのかというと、テレビの前で体操座りをしている。
「……帰るなりオゾいもんを見せやがって!!!」
「え、ちょ、なんでキックモーションに入ってるんですかー!?」
蹴り飛ばしてやろうかと思ったが、さすがにそれは可哀想だ。とりあえず寸止めで許し、弁当箱を出す。
「お、愛情弁当いかがでしたか?」
「何がLOVEだ!! 見られたらどうしようかと!!」
「いいじゃないですか。見せびらかしてやりましょうよー。義成さんが私の首を持って、学校に行ったらいいじゃないですか」
「少年院行きだ、この面白生首!!」
とりあえず乱子の首を体の近くに持っていってやる。すると、体が動き出して、首を拾い上げた。何度見ても慣れない、おぞましい光景である。
「っていうか、どうやって玄関に首置いたんだ?」
「投げ飛ばしました」
「後先考えないな。ホント馬鹿だろお前」
「おバカキャラいいじゃないですか」
「まぁ、頭が足りない幼女は可愛いがな。お前はリアルに頭足りてないから」
「おお、うまい」
ちょっと自信があったので、乱子の言葉がお世辞だろうが、なんだか嬉しい義成であった。
「まぁ、弁当自体は美味かった」
「あら。ありがとうございます」
「LOVEはいらんがな」
「あれが大事なんですよ! キモなんですよ! 白眉ですよ!」
「白眉じゃない! 杞憂で蛇足だ!!」
自分で言っといて、意味がわからない。料理を褒められた乱子はなんだか嬉しそうだったが、そこに突っ込んだらまた何かいらんことを言われそうなので、心に秘めておくことにした義成だった。
深夜。
乱子が眠ったのを確認した義成は、そっと布団から抜け出し、テレビにヘッドホンをつないだ。DVD再生機能のあるゲーム機に、昼間佐助から借りたディスクをセットし、再生開始。
わくわくしながら女優の容姿を見てみると、大人っぽく、それでいて巨乳だった。
美人なことに変わりはないが、ロリコンである義成はがっくりと肩を落とすのだった。
まさか続きを投稿しちゃうとは。
チャン麺は私の主食でした。




