1章 8話 束縛
四方をガラスに囲まれた部屋。
その中に、一人の少女がいた。
首には首輪。
鎖が床へと伸びている。
周囲には白衣の研究員たち。
またしても広がる異様な光景。
さっきの悲鳴を再び思い出す。
吐き気が再び蘇る。
ここから一刻も早く出たい。
それでも見なければ
止めるために、今は知らなければ
「その少女は?」
殿下が先に言う。
するとラートンは小さく笑った。
「これが私たち最大の研究です」
その声が、やけに嬉しそうだった。
「翼を持たない零階層の人間に、人工的に翼を与える」
「そしてそれをーー兵器として使う」
胃の奥が冷たくなる。
「何のためにこんな研究を?」
「それを今ここでお話しすることはできませんがーー」
ラートンは深く笑みをこぼした。
「ここではカシウス様の野望の為とだけ」
王子の意図が読めない......
「装置を起動しろ!」
ラートンの声が部屋に響く。
スイッチが押される。
"ウィーン"と何かが動く音。
職員の目が少女へ移る。
少女は何をするでもなく
心臓を抑えて縮こまっていた。
その体が小刻みに揺れる。
「何をするつもりだ!」
「少しお待ちを」
"ガサガサ"という音が聞こえる。
上部のノズルから羽が放出された。
その時、ラートンがスイッチを押す。
部屋全体が紫の光に包まれ、
羽が空中で静止する。
次の瞬間
羽が光とともに少女の背中へと向かう。
そして響き渡る悲鳴。
思わず目を背けてしまった。
再び目を合わせた時、
少女の背中には殿下より遥かに大きな"翼"が生えていた。
いや
"生えていた"
ではなく
"植え付けられた"
が正しいのだろう。
少女は地面に伏し、
背中からは血が流れていた。
そんな中聞こえてきたのは
溢れんばかりの拍手だった。
「いやぁ、さすが殿下としか言いようがないですな」
「それはどういった意味で?」
「殿下が来るまで一度も成功していなかったのですよ!」
よほど嬉しかったのか、声がますます大きくなる。
「彼女は何回もこれを?」
「いえいえ、こんなの何回も耐えられるわけないじゃないですか」
笑っている......
「彼女はまだ三回目ですよ」
「彼女は......?」
含みのある言い方に思わず声を発した。
「この前にも、もちろん実験してますよ!全て失敗作ですが」
「その子たちは?」
「施設の外に落ちてるんじゃないですかね、失敗したら因子が壊れて羽になるのでね」
「捨てるんですよ」
その時の殿下の顔を、私は忘れられない。
今にも全て壊してしまいそうな
それでいて泣きそうな
そして全力で自分を殺し
目の前の光景を焼き付けていた。
ラートンはまたたらたらと説明を続けた。
もうあまりの衝撃で話の内容は入ってこなかった。
その話を遮り殿下は
「彼女と話してきてもいいか?」
「あれとですか?」
なぜ話を遮ってまで話したいのかわからないと言った表情をするラートンを横目に殿下はガラスへと近づいていく。
ラートンは今度は私に最初から装置の説明を始めた。
殿下がガラス越しに少女に何かを伝えていた。
魔法を使っていて詳しくわからなかったが、それを聞いた少女の目には一筋の光が映っていた。
この出来事は殿下の反乱の2ヶ月前だった。
私は止める事ができなかった。
止められるはずもなかった。
あの惨状を目撃した私がどうして殿下を止める事が出来ようか。
私は殿下の命で20層で別の仕事をした。
生き残る為に。
殿下はこの農園含む生産工場全てを破壊し、エネルギー生産に壊滅的な打撃を与え、天穹動力炉の破壊まであと一歩の所でカシウス殿下に討たれることになった。
農園では捉えられていた全ての人々を解放し、最終的に少女も逃した。
私は全てが終わった後
零階層で殿下の遺体を見ることになった。
ひたすら後悔した。
止められなかったことへの後悔とは違う
死なせてしまったことへの後悔よりも強く
なぜ"共に死ねなかったのか"
命を破って殿下の元へ行けなかったのか
それがこの17年間私を蝕み続け、そして呪いのように私を生かし続けた。
もう希望もなく
世界を恨み
自分を恨み
死ぬのだと、思った。
そう思っていた。
そんな中だった。
17年間待ち続けた通信。
いないはずの殿下からの新しい命令
「1階層のレイという少年を守ってくれ」
たったそれだけだった。
ただその一文で17年間止まり続けていた私の時計はまた進み始めた。




