表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影を歩く者たちI  作者: 天野空音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/2

序章 事件への招待

  夜の霧がいっそう濃くなり、ランタン通りの明かりがぼんやりと滲んでいた。

 

 ヴィクトル・グレイ探偵事務所。

 

 散らかった新聞と、冷めかけた甘い紅茶の香りの中で、探偵であるヴィクトル・グレイは機械仕掛けの懐中時計を分解していた。

 

「ねぇヴィクトル、それ本当に直るの?」

 

買い物から帰った助手のエレナ・フィオリは、コートを羽織ったまま、机の向こうから覗きこむ。

 

「直らなければ不便だろう。……ほら、ゼンマイが緩みすぎている」

 

 相変わらず、抑揚のない声で淡々と答えるヴィクトル。

 

 灰色の瞳は細かい歯車に集中していて、こちらを見る気配はない。

 エレナはくすっと笑った。

 

「本当に仕事以外の時だけ器用なんだから」

 

 しかし、ヴィクトルはその言葉に反応せず、時計の蓋を閉じると、ふいに顔を上げた。

 

「……エレナ」

「ん? なに?」

「あさっての夜、予定は?」

「え?」

 

 エレナは瞬きをした。

 彼から“予定”なんて聞かれることは滅多にない。

 

「特にないけど……事件?」

「違う。」

 

 ヴィクトルは淡々としている。

 けれど、ほんの少しだけ——本当にごくわずかに、頬が赤い。

 

「オペラ座に行く。」

「新作オペラの初日公演だ。警部から招待券をもらった。二枚。」

 

 その手から差し出されたのは、深紅の封筒に入った金縁のチケット。

 エレナは驚いて目を見開いた。

 

(結構そのチケット高いはずでは?ハーゼ警部、太っ腹)

 

「えっ……私の分も?」

「助手だろ。同行してもらう。」

 

 言葉はぶっきらぼうなのに、その視線はどこか柔らかい、エレナは胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなるのを感じた。

 

「……もちろん行くよ。嬉しい。ありがとう、ヴィクトル」

「礼を言う必要はない。……どうせ放っておけば、勝手についてくるだろ?」

「それは否定できないかな」

 

 二人は同時に小さく笑った。

 

 窓の外から、遠くの劇場の鐘が、低く鳴り響く。

ルーメンフォード大歌劇場で起ころうとしている、“謎”と“影”は、まだ誰も知らない。

 ただの招待——

そう思っていたのは、この瞬間だけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ