nachuring story・・・0006 午後と電話
東三郎は窓辺に置いた椅子に腰を下ろしていた。
病院から退院して一週間。少し体が戻ってきたころ、真理子が差し入れてくれた文庫を開き、読み始めた時、スマホが鳴った。
・・・非通知
少し迷った。受話器ボタンをタップした。
「もしもし・・・・・網掛さんですか」
どこかで聞いた声、スグには思い出せない。
「はい、そうですが、どなたでしょうか」
「肩柳美佐子です」
時が止まったように感じた。
名前を聞いた瞬間、心臓の奥で沈めた記憶が小さく波紋を立てた。
「ご連絡ありがとうございます」
「急にごめんなさい あなたのこと、気になっていました」
東三郎は言葉を選ぶように応えた。
「倒れて、ご心配をかけました」
「花束すごくきれいで、そして告白に驚いてしまいました・・・私、ああするしかなくて、ステージに立っている自分に個人の気持ちを混合することが、できなくて・・・」
窓から風がスーッと吹き抜けた。
「分かってます 理解しています」
「ありがとう」美佐子の声が違って聞こえた。
♢♢♢
更に美佐子は言った。
「7月に地方ジャズフェスタに出演するんです、そこは私が最初で最後の恋をした場所。その場所に行く前にあなたと一度話がしたかったんです」
東三郎の心臓が飛び出しそうだった。
それは再会の予告か・別れの準備か・・・
「会えませんか?」
美佐子の声は確かにそう、言った。
すぐに答えが出せなかった。
けれどスマホを見つめながら、東三郎の中で何かが揺れ始めていた。
真理子は花屋で紫陽花を選んでいる。
東三郎がそんな着信があり、通話していることも知らぬままで・・・・・




