表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

nachuring story・・・0005 記憶と水面

 部屋の空気が薄く感じた。

 催眠療法士の部屋は静かだった。東三郎は深呼吸をしながら、椅子にゆっくり腰を下ろした。


 「どこまでの記憶を忘れたいのか、明確にしましょう・・・」

眼鏡をかけ、穏やかな声の女性が言った。


 「故意にて、完全に記憶を消去することは不可能です ただ、記憶を曖昧にしたり、輪郭をぼかすことは可能です」


(輪郭をぼかす?)彼が忘れたいのは"美佐子"の微笑み、でも届かないあの一瞬の光・・・


 思い出す度に胸に沈んでしまうこと。



何も言わず隣に座っている真理子は、ただ、東三郎の肩にそっと手を置いていた。



♢♢♦

 ・目を閉じると音が聞こえる。

 ・ホテルのプール

 ・夜の水面

 ・遠くで聞こえるジャズの残響

 ・白いキャップに青いワンピース

 ・水の中で滑るように泳ぐ姿

それを見ていた、あの日の自分が立っている。

 「魅了したんだよな」


東三郎は、まるで映画のワンシーンを思い出すかのようにその記憶をたどった。

なぜ、こんなにも彼女の泳ぐ姿が残ったのか?

彼女を「自分の世界」に投影されていたからだろう。

誰にも触れられないひとりで泳いでいる姿、孤独・美しさ。そのすべてが、東三郎の心を締め付けていた。


♢♦♦


 「ではここから記憶を緩やかにしていきます」


 ・女性の声が水の中に沈むように遠ざかっていく。

 ・美佐子は泳いでいる。

 ・顔はぼやけている。

 ・水の音は遠くなっていく・・・。

 ・名前を呼ぼうとすると、口は動かない。



その時、別の声が聞こえた。

 「東三郎さん」

真理子の声だ。


ハッとするように、意識の底から東三郎の手にそっと触れる真理子。

 「私はここにいるよ」


目を開けると天井がまぶしかった。

催眠療法は終了していた。



東三郎は額に汗をぬぐいながら、真理子へ視線を送った。

 「あれ?美佐子の顔が少し霞んで、輪郭が曖昧になってる 声も遠いけど、苦しくないよ・・・」


真理子は頷いた。

 「それでいいの、少しずつ・・・」



 病院のカフェテラスで二人はコーヒーを飲んでいた。

 東三郎が言った。

 「現実逃避になるのかなぁ」

 「違うわ・・・」

真理子はハッキリと否定した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ