nachuring story・・・0004 真理子の選択
救急車のサイレンが夜の街に響き渡る頃、蔵八坂真理子は網掛東三郎の手をしっかり握っていた。
ライブ会場のざわつきの中、彼が倒れた瞬間誰よりも早く動いていた自分に驚いていた真理子。(大丈夫)そう言った声は、誰の耳にも届いていない。
彼の意識がなかったから、言えた言葉だった。
真理子は彼に好意を寄せていた。それはずっと心の奥で眠らせる想いだった。
♢♢♦
きっかけは、小さな食堂、偶然となりに座った彼が雑誌の片隅に載っていた記事を読みながら微笑んでいたのが印象にある。
その後何度か顔を合わせ、何度か会話した。気づけば彼の横顔を探すようになっていた。
でも彼の視線の先には、いつも誰かがいた。
♢♢♦
病院の白いシーツに包まれた東三郎は眠っている。
医師には軽いショック状態だ、と告げられ、ほっとしたのも束の間、彼が目を覚ました時第一声は、
「夢じゃないんだな」
真理子は応えた。
「ステージで想いを伝えていたわよ」
東三郎は頬をゆるめ、視線を天井に戻した。
笑っていたが、どこかカラッポに感じた。
「美佐子さん困った顔してた?」
「うん、してたわよ、きっとあなたのこと大切に思っているわ」
「…ファンとしてだよな・・・・・」
その言葉に真理子は何も返せなかった。
面会時間終了が迫る頃東三郎は言った。
「記憶、って消せるのかなあ」
「えっ・・・」
「催眠術とかで、美佐子の事、ぼかせたらいいなぁ・・・って、思い出すと胸が苦しい」
真理子は一瞬自分の心が、重なった。
言葉の重さが同類の気がした。
「そんなことほんとにするの?」
東三郎は笑って言った。
「冗談に聞こえた? 真剣、本気、本心だよ」
真理子は気づいた。
この人は美佐子に恋をしていたんじゃない、『美佐子を想う自分』の像に入り込んでいるんだ。
「催眠術 一緒に行かせて」
真理子の言葉に東三郎は、はじめて目を動かした。
「あっ・・・ありがとう」
その声は温度がもどりつつ照れていた。




