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岡っ引きの源さんは、今日も朝帰り  作者: ねこまんまときみどりのことり


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菊を迎えに

 老中である伊折将勝は、お菊の父親である。

 母親の神楽は老中の家で女中をしていたが、老中の妻絹江の手の者に狙われ、その命を落とした。


 追っ手は、赤ん坊のお菊を殺めるのを戸惑い、そのまま姿を消した。手を下さずとも、そのまま息絶えると考えたのだろう。


 その際自害をする為に登った山で、偶然に出会った源と神楽。お菊は源に託されたのだ。



 ところがだ。


 その老中、伊折将勝の一人息子である晴忠は、狩りの際に馬から落馬し亡くなった。

 馬が木の根に足を取られたのが原因だと言う。


「医師様お願い、この子を助けて下さい。お金はいくらかかっても良いから、どうか、どうか……うっ、あぁ」

「残念ですが、もう……。出来るのはここまでで御座います」


 普通なら怪我をしても草むらが広がっており、助かる場所だった。けれど数日前台風により大岩の落下があったようで、丁度その岩に頭を打ち付けたのだ。運が悪かったとも言えず、医師は泣き叫び遺体に縋る絹江に告げたのだった。


 晴忠は酷く痛んだ顔もせず、一瞬の出来事だったようだ。元々心臓に持病があり、時々不整脈が起きる為定期薬が処方されていた。転落のショックにより、すぐ心停止したようだ。

 弱さは外部に漏らさぬよう秘匿されており、ただ剣技よりも文学好きとして知られていた。実際に優秀であり老中の子息でもある為、問題なく過ごす日々を送りながら。



 けれど不整脈のことを知らぬ伊折家の者は、亡くなった神楽の祟りではないかと囁いた。


 元は旗本の娘であった神楽だが、父親が病にかかり倒れた。そのすぐ後、男児がいない彼女の家は叔父(父親の弟)が継ぐことになった。普通は養子でも取るところだが、叔父の妻の家が暗躍したらしい。意識のはっきりしない神楽の父は、辛うじて叔父に後見して貰う立場を得たと言う。


 その状態で彼女は、老中の伊折将勝へ奉公に出たのである。本来なら腰元になるところを女中として。家の経済を支える為だった。


 将勝は彼女の背景を知り憐れに思っていたが、明るく元気に働く姿に目を奪われるようになっていた。彼女の友人は旗本時代の子女が多く、彼女のことをいつも気遣い接していた。共に将勝の邸で働く者もいたのである。


 勤務して3年。将勝と神楽は惹かれ合い、結ばれてしまった。彼には息子が一人である為、子を得る為にも側室は問題ない筈であった(※身分の高い者や上級武士は側室を許されていた)。


 けれど今の神楽は、父親は叔父の庇護下に入り支援を受けている。まあその影響で神楽も女中として、家政婦仕事をしているのだ。以前(父親が旗本)の立場なら腰元として働くこともできたが、今は後ろ楯がない状態である。伊折家には相応しくない。

 何より政略結婚として嫁いだ絹江は、家を、将勝を、息子を支え続けて来た。恥じることのないように、常に自分を律しながら。


 その矜持を神楽が、実際には夫と2人で傷を付けたのだ。

 許せる筈もない。

 

 彼女は文で、父である小笠原和道に気持ちを吐露した。悔しい胸中を。

 娘を愛していた和道は熟孝してから手駒を送り、それを叶えた。

 

「今は落ちぶれたものの、神楽の母親は旗本である諏訪忠尚の娘だ。血筋としては申し分ない。病持ちの晴忠の立場が危うくなるのは、こちらとしても面白くない。ならば……」



 そんな感じで神楽は刺客に追われ、山で自害しようとしていた源と偶然に出会ったのである。

 生後3か月の赤ん坊のおくるみには、将勝から与えられた伊折家の印籠が入っていた。確かな証拠である。


 源は隠しているが、浅賀清次郎(本当は片切清次郎)とその兄で南町奉行片切進之助、進之介のライバルである北町奉行の近江儀三郎らも、菊の血筋を調査済みである。


 近くにいる者の素性は、高位貴族なら調べておくのは常識だった。

 その中でも進之介は、老中の足掛かりとする為に、菊との結婚も視野に入れていた。



 菊だけがまだ、自分の生い立ちを知らないままなのだ。



◇◇◇

 けれどこの時、将勝に仕える女性3人が菊を迎える為に側まで来ていた。



 伊折家は嫡男が亡くなり、跡継ぎのことで騒ぎが勃発していた。実は将勝、行方不明の神楽と菊の行方を調べた後、彼女の近くに隠密を配置し見守っていたのだ。

 残念ながら神楽は救えなかったが、娘である菊は市井で元気で暮らしている。それだけで救われる思いであった。


「伊折家にくれば、絹江に狙われるかもしれない。ならばこのままでも良いのではないか」と思いつつ、けれど困った時は父親として、力になろうとしていた。



 そんな折りに嫡男が亡くなり、途端に家が騒がしくなったのだ。

 神楽の友人であり、将勝の腰元である3人は主に訴えた。


「旦那様。今こそ菊を迎える良い機会では御座いませんか?」

「この状態で血縁である娘が現れれば、奥様も手は出せません」

「会って話をするべきです。ご決断を」



 長年仕えてくれたこの3人は、彼の忠臣の娘であり、気心が知れていた。この娘達が言うのなら、その忠臣もその心積もりであると言うことだ。


 真剣な眼差しに将勝も頷いて、指示を出した。


「それでは頼む。菊と話せる場を整えてくれるか? 場が整えば、私から出向くとしよう」


「了解です、旦那様」

「必ず成功させます」

「お任せを。神楽の為にも全力を尽くします」


「ああ、頼んだ。でも危険は避けるようにな」

「「「はい、ご配慮ありがとうございます。では、行ってまいります」」」


 3人は満面の笑みで頷き、将勝も目頭が熱くなるのを堪えて指示を出した。



 こうして3人の腰元達は、江戸へと向かったのである。








 

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