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それぞれの思い

 金兵衛が初めてお梅に会った時、社の御使いかと思った。


 さんざん悪事を働いた自分に、とうとう迎えが来たのかと思う反面、もう生き疲れたとも思った。

 

 これで最期でも良いだろうと。



 月夜に照らされた社は、あまり立ち寄る者はいない。

 村の神社よりもっと急勾配な離れた位置にあり、知る者も殆どいないのだ。


 そんな場所に梅はいたのだ。



 月夜に照らされた彼女は、とても美しかった。




◇◇◇

 最初は家に帰そうと思い、金兵衛は脅すそうなことも彼女に伝えた。


 どうみても箱入りで、自分の思うようにいかずに家出をしたのだと思って。


 けれど話を聞けばどうにも不憫になって、感情が入っていた。

 放っておけば家に帰るだろうと思えたが、家を追われた自分に重ねて切なくなった。


 罪を犯していないのに裁かれて死んでいった家族、財産を奪われて放逐された腹心の家臣達とその家族。


 当の金兵衛だって、父の家臣に拾われて江戸を離れて暮らしたが、嘘の罪で死んだ家族達の噂は遠くに住む彼の元にも届いた。

 悔しい思いもしたが、幼くて次第に記憶も薄れていった。




◇◇◇

《金兵衛の回想》


 金兵衛の昔の名は金之丞で、聡明と評判の末子であった。

 彼は厳しくも優しい両親と、姉と兄を亡くしたのだ。

 逃げる際に家にあるだけの財産を渡されて、家臣に託された金之丞。


「生きておくれ。私達の分まで……。仇討ちなど考えず、穏やかに」

 

 そう言って、送り出された彼はまだ5才であった。




◇◇◇

 金之丞を預かった家臣は子供がなく、彼を我が子と同じように大事に育てた。

 町民として義父は大工の下働きとして、義母は和裁の仕立ての内職をして。


 派手ではないが落ち着いた、心休まる日々だった。

 

 けれども彼が12才の時、流行り病で亡くなってしまう。近所の者もバタバタと倒れ、生き残った者も孤児となった彼を構う余裕などなかった。



 それから彼は、残された金子(きんす)を持って、再び江戸に戻って来た。 

 それからは野菜売りの手伝いやドブさらい、銭湯の風呂場掃除、農家の手伝いなど何でも行った。


 けれど親のない金兵衛は足元を見られ、給金の中抜きがされていた。雇う者も善良な者だけではなかったのだ。

 食べる物もなく水で凌いだり、夜間に農家のスイカを盗んで食べたりすることもあった。

 理不尽に罵倒されたり、目付きが気に入らないと殴られることもあったが、じっとして不満を言わずに耐えた。


「生きて欲しい」と逃がしてくれた親達と、その後に自分を育て命を繋いでくれた義両親の為にも、我慢してでも生き延びる以外に他はなかった。



 それでも比較的体の発育が良く、鍛えられた金兵衛だから、数年が経ち成人すると、少しはマシに働けるようになった。

 周囲では捨てられたり、親を亡くした子供の孤児はさらに酷い環境で扱われていたのを、苦しい思いで見ていた。


 服も体も洗えず、いつも痩せていた彼らは、屋根のない場所で寝泊まりしているようだった。


 間近で見ていた金兵衛は、同じ境遇である彼らをずっと不憫に思っていた。

 それでも、自分には何も出来ないことも分かっていた。




 何年かして金を貯めて最初に行った事業は、その当時流行っていた懸想文(けそうふみ)売りだった(縁起の良い文を書いた付け文 (ラブレター)風の懸想文を売り歩く、毎年正月に流行っていた商売)。


 金兵衛が売る文は、字が綺麗で内容も凝っていた為人気があった。


 そしてその金を元手に、ところ天売りや屋台ごと担いで売り歩く二八蕎麦屋に手を付けた。

 それには以前から近くにいた孤児を雇い、ほどほどの収入を得ることが出来た。


 今まで不遇に扱われていた孤児達は、適正に賃金を貰えて高圧的でない金兵衛に感謝し、懸命に働いた。


 その後に様々な副業を起こしたのも、彼らのアイディアである。



 そんな商売を続け、少しだけ認められるようになった時、仲間の甚が所帯を持った。

 彼女も孤児でかなり苦労してきたらしい。

 やっと幸せになったと思った時、彼女は自害した。

 手首を切って、神社の大木に寄り掛かっていたらしい。


 残された手紙には、彼女の雇い主である染物屋の主人に襲われたと記載があった。さらに主人の妻に言われたそうだ。

「孤児の尻軽が旦那を誘惑した。悪い女も、その夫も働けないようにしてやる」と、脅されたそうだ。


 せっかくうまくいっている夫に、苦労はかけられないからと死んでお詫びをすると、夫の手紙とは別に染物屋に手紙を送ったそうだ。

 大きい老舗の女将だもの、吹けば飛ぶような金兵衛達の商売は妨害されると思い詰めたのだろう。



「そんな……酷い。お前が死ななくても良かったのに。

 どこでだって生きて生けたのに……」


 甚は泣いて泣いて、妻の墓を作ってから染物屋の夫婦を切り付けた。

 殺すつもりだった。


 幸いなことに二人は軽い怪我だった為、背景も含め追放の刑となった。


「うっ、仇を取れなかった……。あいつらを殺して俺も死のうと思ったのに。あぁ、っ、ぐすっ……」

「それでも死罪でなくて良かった……。奥さんはお前に死んで欲しいと思ってないさ」


 それでも相談して欲しかった。

 江戸でなくても商売は出来たのに。

 いいや違うな。彼女は甚の苦労を知るから、ここで根をはって欲しかったんだろう。


「ああぁ、あいつは戻って来ないのに。辛いよ。

 苦しよ、金兵衛さん。うわあぁぁ」

「泣けば良い。そして生きていくんだ」



 止めどなく流した涙が乾いた後、仲間と奥さんの墓の前で酒盛りをした。

 献杯して、話しかけまた泣いて、いつの間にか眠りに就いていた。



 そしてその翌々日、彼は江戸からかなり遠方までの追放の罰を受け入れた。

 そして金兵衛と(さとる)に別れを告げて。


 もう会えない、理不尽。


「ありがとう、二人とも。元気で」

「お前も」

「生き残れ」


 あぁとだけ答える甚は、最後は笑って旅出った。

 日雇い仕事をしながら、追放場所以外のお遍路をまわると言う。



 覚と二人になった金兵衛は、権力者の力を憎く思った。せっかく真面目に生きて来たと言うのに。



「金兵衛、俺やっぱり許せねぇ。丸っきり泣き寝入りなんて」

 覚は少々喧嘩っぱやいが、その怒りは金兵衛も同じだった。


「ああ、そうだな。あの染物屋には跡取りがいるな。

 父とは違い真面目なようだ」

「そうか。じゃあ、もう良いな」

「良いと思うぜ。息子も20才をとうに過ぎている」

「囲っている妾に流れる金も、惜しいだろう」




 その数日後、新しい妾の長屋で染物屋が死んだ。

 腹上死と診断された。

 酒を飲んだ後、いつものように事に及んでいる最中だったと言う。


 その酒はその日の昼間に、蕎麦と一緒に妾の元に届けられた。


「その酒は癖があるから、貴女は絶対飲まないように。

 良いね?」

 届けたのは金兵衛で、バレた時は彼が責任を取る覚悟だった。


 妾の名はお(よう)

 彼女は笑って、「あら、そうなの?」と頷いた。

 染物屋のせいで、人死にが出たと言う噂も知っていたのだろう。


 そして染物屋が死んだ後、彼女は隣に住む住人に助けを求めた。きちんと羽織を着込み、それでいて慌てたように。


 その後に岡っ引きと染物屋の女将が現れて、染物屋を引き取って行った。


「この疫病神! あんたのせいでこの人が死んだ」と、妾に暴言をさんざん吐いたあとで。


 事件性はないとされ、その後に噂が流れただけだ。


「妾を囲って腹上死なんて、極楽往生だねえ」

「やあねぇ、金のある男はお盛んだから」


「俺はおっ母だけだ。他に目はいかん」

「まあ、あんたったら。……嬉しいよ」


「そう言えば、神社の大木で亡くなったのも、旦那の女だったんでしょ?」

「少し違うようだぞ。何でも無理矢理とか……」

「本当かい?」

「じゃあ、呼ばれたのかしらね?」


「止せよ。そこまでモテねえだろ?」

「そうだよなぁ」

「「「「「ははははっ」」」」」

 

 そんな噂話で恥ずかしいのは、その妻である染物屋の女将である。


「あの人のせいで……こんな思いを! 本当に頭が痛いわ!」


 染物屋は婿養子だったのに、女好きで女将が火消しをして回っていたのだ。

 今回は相手を下に見て、失敗したようだが。



 お葉の妾契約は染物屋の死ぬまでか、彼が手放すまでだった。

 吉原から身請けされた彼女は、三味線、琴、躍り、茶の湯などを身に付けていたから、たいそうな金がかけられていた。

 もともと没落した武士の娘だったのだから、習い事は吉原に来る前に身に付いていた。

 彼女の待遇は悪い者では出はなかったが、根底ではここに入る時に矜持は捨てて。

 もう戻れる場所はないと腹を括り、生きていた。


 途中で死すれば、残された弟妹が路頭に迷うと思い生き抜いた。

 身請けされることは考えていなかったが、これで家族に迷惑も掛からなくなると思い、好きでもない男に囲われる。


 自由になった今なら、三味線の師匠でもして生きて行こうと気楽になっていた。

 勿論、金兵衛のことを話すことはない。

 寧ろ恩人だと感謝したいくらいだ。



 そんな奇妙な縁で結ばれた金兵衛とお葉は結婚し、10才以上も姉さん女房が誕生した。

 その後に二人は、孤児や身寄りのない者を雇い、商売を大きくしていった。


 身寄りのない者には、既に窃盗の罪を働いて江戸に流れて来た者もいた。

 それを知っても、金兵衛の態度は変わらなかった。



 時には汚職で儲ける者を、すれ違う途中に金兵衛自ら財布を盗み、店で雇えないような孤児達に施しを与えた。

 されを支えるのは覚だった。

 いつも二人で行動し、酔った振りをして相手の警戒を和らげた。


 金兵衛の店にいる者は、何となくそれを知っていたが、見て見ぬ振りどころか教えを乞うた。

 彼らもみんな、すねに傷持つ身だった。


 金兵衛も金がなく食べられない若い頃、スイカやトマトを盗んで食べたこともある。

 運良く捕まらなかっただけなのだ。


 そんな盗みを教えたいと思う訳がないが、「教えてくれないなら、勝手にやる」と言われれば降参した。


 けれど絶体にしないようにと、みんなに言うのだ。


「もしやるんなら俺や覚がいなくなって、店もうまくいかなくて、食うに困った時にだ。それ以外はするなよ」と言い含めてから。


 金兵衛が納得しないなら、教えないと言えば頷くしかない。

 もし金兵衛が捕まった時は、覚に全てを渡し江戸を去ろうとしていた。

 けれどそれも、お葉を娶るまでの事だった。

 その頃から金兵衛も、スリからは手を退いていたのだ。

 愛する妻の為にと。



 ただ吉原での避妊薬の影響なのか、お葉には子が出来なかった。そんなお葉は、お梅と出会う一年ほど前に事故で泣き別れた。

 馬で暴走する侍から、子供を守る為に身を挺したのだ。

 泣き崩れる金兵衛はすっかり勢いをなくし、10才年下の覚に全てを任せた。

 その後も商売の利益から、孤児や身寄りのない者に援助するのは、その後も変わりなく続けられていた。


 世話になっている者は、その様子に酷く心配していた。彼はみんなの父や祖父のような者だったから。



 そんな時に会ったのが、お葉によく似たお梅だったのだ。



 金兵衛が出会った時に、

「わしの仕事が手伝えるようになるまでは、ここに住む仲間達に時々、夜伽よとぎを望まれるかもしれん。

 誰しも何らかの役に立つことで、ここにいるのから」と言われていたが、それは脅しだった。


 愛しい人に似ている女性に、そんなことをさせるつもりは毛頭なかった。

 ただここで、誰かを好きになったならしょうがないと認めようとも思っていた。まず彼女から見れば、爺さんである自分は相手にされないと言う、嫉妬も交じっていた。



 それなのに覚悟を決めて抱いてくれと言うのだから、もう我慢が出来なかった金兵衛だった。


 その話は後にお梅には伝えたが、彼女に後悔はなかった。


「そうなんだ。じゃあ、他の人には抱かれなくて良いんだね」と、満面に笑って。



◇◇◇

 北町奉行の近江儀三郎は、「ある意味親達の操り人形マリオネットだ。あんな奴に老中を渡す気はない」 と憤る片桐進之助だったが、実際は違っていた。



 近江儀三郎は犯罪を犯した民が、貧しい暮らしになった過程を調べ、いつも頭を悩ませていたからだ。


 北町の方は、パフォーマンス演出が過ぎると進之助から苦情があった件も、表立って悪事をすればこうなると言う見せしめのようなものだった。


 印象に残り、悪さを減らすように。


 普段はそれほど動かない北町は、寄親達の醜聞があった際に、それを薄めるように大騒ぎした捕り物が必ず出ると(進之助に)言われるが、それは間違い。


 だいたいいつも、潰したい悪事については大騒ぎしているから。


 時にはでっち上げや、作られた罪と言うのもそう。


 実際には表に出せない悪人達、尻尾を残さない者達に、わざと証拠をでっちあげて捕まえているから。

 時には罪も、悪人が権力のある者に依頼されたことと違う名目でしょっぴくこともある。

 そうなればもう、権力者は庇わない。


 悪人がやけくそで、どこそこの旗本のとか、若様がとかに頼まれたと言っても、証拠がなければま無駄に終わるか、それを知った刺客に襲われるかになるのだ。



 盗賊や密輸など、人々が恐怖する犯罪については、証拠固めが出来てから犯人を捕まえる形だが、それにも権力者の名が出て事件を揉み消さない配慮がなされているのだ。

 ただ酒井家に近しい者には、儀三郎の祖父から諫言がされていると言う。

 勿論ブラックリストはあり、上位者の関わりは確認し、儀三郎が指示した密偵が付いている。




 老中の件では。

 近江儀三郎の母は、側室だが酒井家の娘。母親の家柄では片桐進之助が上だ。

 父親は同じ旗本だから、違いはそうない。


※酒井家 (雅楽頭家)は、譜代大名の筆頭として、多くの老中や大老を輩出している名家。



 だが進之助が言うように、(儀三郎)の母は側室の娘であり、儀三郎は大きな出世は望んでいない。

 このまま江戸を守れれば良いと思っているのだ。


 密輸なんてしていない平民が、悪事を働いたと同心達に捕まる冤罪なんて物語などはなく、密輸より多くの殺人や強盗をした者を、そうこともしたよねと言うことで、証拠が固まっている罪から先に裁いているのだ。



 その後に再犯した際は、酒井家より派遣された隠密が秘密裏に息を止めたりしているので、実際の裁きは南よりも多いのだ。

 酒井家の介入は、孫可愛さで行われている為、今後どうなるかは不透明なところ。


 だからこそ儀三郎は、進之助に頑張って欲しいと思っている。自分とは違う、正攻法でのしあがっているからである。


 それが進之助に伝われば話は早いのだが、なかなかうまくいかない。




◇◇◇ 

 勿論金兵衛達のスリのことや、ちょいちょいなんかやってることはバレており、ずっと見逃されて来た。


 公にはダメだが、私腹を肥やすのではなく、困っている者の為に行っていることを知っていたからだ。


 北町のことなら、何でも屋で町の動きを知り尽くしている金兵衛達。

 それに金兵衛の弟子達が良い動きをしている為、諜報に数人借りたいと儀三郎自ら町人に変装し、最近店に赴き接触を図った。


「どうかお奉行様。捕らえるなら私だけで勘弁して下せえ。どうか、お頼み申します」


 土下座で平伏す金兵衛に、「私も、俺も」と店の者が次々並び同じく平伏した。



「いや、お前達のことは良いんだ。とっくに知っていて見逃しているのだから。今日は願いがあって出向いたのだ」


「え、ずっと見逃されていた? そんな…………」



 弱味を握られている為ある意味拒否権はないが、話を聞いていくと、危険手当ての名目で提供される金銭は高い。


「無理はしなくて良いが、江戸の悪党を減らしたい。協力してくれ」


 そう依頼されれば、断ることは出来なかった。


 そんな経緯があり、金兵衛達は儀三郎の部下になったのだ。





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