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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

界隈

そのカフェは、人間界の言葉から取って「天使界隈」と呼ばれている



半分冗談のような名前だ

何故なら僕たちはみんな、実際に天使であるから

いずれにしても僕はいま、カフェで雑誌を手にして学校の友人を待っていた


表向きにはファッション誌を読んでいるように視せているが、実際には内側に禁制品のアングラ漫画を挟んで読んでいた

人間が死んだり拷問されたりするような、オトナ達が「ダメ」って取り上げるような激しいやつだ



「ごめん、待った?」


息を切らしてカイムが走ってくる

僕は手早く漫画本をバッグにしまうと、「気にしてないよ」と笑った


「だって君がこの店、奢ってくれるもん」



この社会は、潮の満ち欠けの様に善と悪の狭間をたゆたっている


……こう書くと聴こえが良いけど、要するに「違反者が多過ぎる」タイミングが僕たちの社会には存在する


基本的には天界は秩序を尊ぶコミュニティではあるんだけど、社会のモラルが低下し過ぎて「厳密に裁いていくと総てを滅ぼすしかなくなる」時には、軽い悪徳なんかは許されがちになる


昔は厳格に総てを処罰してたらしいんだけど、それで皆殺しなんかを行ったが最後、モラルは更に低下するし、働き手も激減する


何度かそれで運営不可能になった過去から、今みたいな「モラルの低下した時代」は自由が利く様に今はなっていた

僕たちは偶然そこに産まれただけなんだけど、とてもラッキーだと思う



端的に言うと、僕たちはその自由を活かして「冒険」をしようとしていた


……とは言っても、飽くまで小市民的な冒険だ

僕とカイムは今夜、「悪魔の店」に呑みに出掛ける約束をしていた



「悪魔って、すぐヤれるらしいぜ」


「俺たち恋とかしちゃうかもな」


カイムが興奮気味に想像をまくしたてる

本当に僕が「ヤりたくて」「恋をしたい」相手は、むしろカイムだ


社会の規範と照合した場合は悪徳であるため言い出せずにいたが、それが僕の偽らざる気持ちだった



「今夜、本当の事を彼に言おう」と、僕は前々から心に誓っていた



僕のような「悪徳のもの」が正直に振る舞うには、悪徳の世界に行かなければいけない


今夜は僕たちは飲酒する

話せるし、「話せなくてはならない」と僕は思っていた

それでも、決意が確固たるものになってもなお、心の動悸は静まってくれなかった




地獄は、想像以上に地獄だった


もちろん、「罪人への虐待が娯楽であること」とか「街中が血と臓物まみれなこと」とかもそうなのだけど、いま僕が言いたいのはそういう事ではない


よりによって地獄にある歓楽街全体の、抜き打ち一斉捜査の日が今日だったのだ



飲酒した僕とカイムは気が大きくなって、バイトで貯めたお金に物を言わせて、薬物も楽しめる違法風俗店で素敵な時間を過ごしていたのだけど、そこに僕たちなんか一秒でバラバラに出来そうな危ない刃物で武装した天使達が、検挙の為に押し入ってきた


「検挙」とは言ったけど、それは状況によっては「略式判決による死刑」も意味している


例えば、さっき僕たちの隣に座っていた初老の天使客なんかは、逃げ遅れて既に首だけしか席に残っていない

悪魔が行う罪よりも、天使が犯す罪の方が一般には重罪だと考えられているのだ


その証拠に、店内で天使から暴力を受けている悪魔は、腹立ち紛れに調査を妨害しようとした者だけに留まっていた



僕とカイムは、位置も良かったお陰で店のバックヤードに逃れる事に成功していた


しかし、逃げる為の裏口の場所が解る訳でもない

残念な事に、天使と思しき足音はこの部屋にも幾つか近付いてきていた



店内からはまだ悲鳴や暴力の音、逃げ回る足音、それを追う足音…とにかく色々な騒音が聞こえる


動揺しながら助かる方法を思案していると、カイムが思い詰めた表情で、混乱に散らかった店内に落ちていたナイフを拾い上げた


「何それ、戦うつもりなわけ?」


「やめなよ!」


僕はカイムからナイフを取り上げようとしたが、カイムは僕の視ている前で「検挙に来た天使達と戦う」よりも恐ろしい事をし始めた

自らの翼をナイフで引き裂き始めたのだ


僕は言葉を失い、血の気が引いた顔で呆然とそれを視ていた

背中に付いているものを切断するのは骨が折れるらしく、最後は切断しきれていない「ささくれ」のようになった部分を力任せに引き裂いていた


いずれにしても血で真っ赤になった翼は、切断されて床に落ちる

躰に生えていた時は明らかな美を持って存在していたそれは、いま完全にただの部品として血塗れで転げていた



カイムはもう片方の翼に刃を当てながら、「殺されるよりは良いだろ」とだけ答える

僕は少し躊躇したあと、泣きそうになりながらそれを手伝った


僕たちは出血で息も絶え絶えになりながら、互いの翼を切除する事に成功した

その時、部屋のドアノブを回す音が響く



僕は「助かりますように」と祈ろうとした


しかし、これは何への祈りなのだろう


助かったとして、これから天使としての姿さえ喪ってどう生きるのだろう




ドアが開いた

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