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元悪役令嬢、毒を以て毒を制する  作者: セピア色にゃんこ
第1章 悪役令嬢、家出する
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ハーブの香りと鹿肉の宴

夕方の光が森をオレンジ色に染める頃、家の中で薬草の整理をしていたルナフィーネは、不意に扉をノックする音を聞いた。

控えめな音だったが、何かを知らせるような急ぎの気配を感じる。


「ルナフィーネ、扉を開けておやり。」


マティア婆さんの指示を受けて扉を開けると、そこにはサイラスが立っていた。


「やあ、また来たよ。」


サイラスは少し照れたような笑顔を浮かべ、腕に抱えた鹿肉を差し出した。

旅の埃が服に薄く積もり、剣の鞘に新たな傷が刻まれている。


「これ、近くの森で仕留めたんだ。せっかくだから夕食にどうかなと思って。」


「鹿肉……?ずいぶん立派なものを持ってきたのね。」


私は驚きながらも彼の提案に頷いた。



キッチンに移ると、マティア婆さんが鹿肉を見て笑みを浮かべた。


「ほう、これならいろいろ作れそうじゃな。ルナフィーネ、試しに調理してみなさい。」


「えっ、私が?」


突然の指示に戸惑いながらも、彼女の視線の真剣さに気圧される。


「初めての料理にしてはハードルが高い気もしますが……やってみます。」


鹿肉を台所のテーブルに広げると、サイラスが手伝いを買って出た。

「まずは下ごしらえだな。こういうのは経験があるんだ。」

彼は器用にナイフを動かし、肉をきれいに切り分けていく。その手際の良さに、私は少し感心した。


「冒険者ってこんなこともするの?」

思わず尋ねると、彼は笑いながら肩をすくめた。


「そうだな。仲間と旅をしてると、料理だって覚えるさ。少なくとも、焦げた肉ばかり食べるよりはましだろう?」


彼の軽口に、思わず笑いが漏れる。


マティア婆さんが棚からハーブを取り出してきた。

「これを揉み込むと肉が柔らかくなる。それからこの葉は香りづけじゃ。」


ハーブを手に取ると、指先にほのかな清涼感が広がる。

「この香り……ローズマリー?」

「ほほう、よくわかったのう。お前さん、覚えておるな。」


記憶をたどるようにしてハーブを鹿肉にすり込むと、その香りが空間に広がっていく。


鍋に火をかけ、野菜を刻んでスープの準備をする。

サイラスは私の隣で包丁を手に取り、手際よく野菜を切っていた。


「案外、頼れるのね。」


「これでも旅の仲間には信頼されてるんだぜ。」


冗談めかした口調だが、彼の動きには確かな熟練を感じる。

火にかけた鍋から湯気が立ち上り、ハーブと野菜の香りが部屋に満ちていく。


調理が進む中、カイがひょっこりと現れた。

彼の青い瞳がキッチンのテーブルをじっと見つめている。


「この子、肉が気になるみたいね。」


私が笑うと、カイは控えめに一声鳴いた。


「猫にしては大人しいんだな。」


サイラスが興味深そうにカイを見つめる。


「不思議な子なの。森で出会ったときから、どこか普通の猫とは違う気がして。」


カイはテーブルの足元で静かに座り、私たちの動きを見守っている。

その姿に、どこか守られているような安心感を覚えた。



夕食が完成した頃には、空がすっかり暗くなっていた。

テーブルには鹿肉のロースト、野菜たっぷりのスープ、焼きたてのパンが並ぶ。


「すごい……本当に料理ができるなんて思わなかった。」


自分でも驚きながら言うと、サイラスが大げさに拍手をする。


「これは立派だ!王宮のシェフも真っ青だな。」


「そんな大げさな……!」


頬を赤くしながらも、私はどこか誇らしい気持ちで料理を見つめた。



食事をしながら、サイラスが旅の話を始める。


「この辺りは獣も多いが、村の人たちは意外と逞しいんだな。森に入るのも慣れてる。」


「そうね。私もこの森でいろいろな薬草を見つけてきたけれど、まだ知らないことがたくさんある。」


「それなら、次は俺が案内してやるよ。薬草探しの冒険だ。」


彼の提案に驚きつつも、どこか楽しみな気持ちが湧いてきた。



カイが椅子の下で眠りにつく頃、食事が終わり、静かな時間が流れる。

マティア婆さんが満足そうにテーブルを片付けながら言った。


「初めてにしては上出来じゃな。これからも少しずつ覚えていくんじゃぞ。」


「はい。今日は本当に楽しかったです。」


サイラスが立ち上がり、軽く伸びをする。


「それじゃ、そろそろ俺は行くよ。また何か獲物が取れたら持ってくるから。」


「気をつけてね。」


彼の後ろ姿を見送りながら、私は小さく手を振った。

暖かい光が灯る家の中で、心が静かに満たされていくのを感じていた。



冒険者 サイラス

挿絵(By みてみん)

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