青い瞳の黒い猫
森の中は静かだった。
木漏れ日が木々の間から降り注ぎ、足元の柔らかな苔を照らしている。
薬草を摘みながら、私はサイラスとのやり取りを思い出していた。
彼の真剣な目、緊張感をはらんだ声――彼が手にした解毒剤は無事に仲間を救えただろうか。
「……またどこかで会うことがあれば。」
そう言った彼の言葉が頭をよぎり、胸の奥がかすかにざわつく。
彼のことを考える自分に驚きつつも、どこかほっとしているのを感じていた。
その時、茂みが揺れる音が聞こえた。
ハッとして振り返ると、背後の草むらが静かに揺れている。
「……誰かいるの?」
声をかけるが、応えはない。
私は慎重に近づき、息を潜めて茂みの向こうを覗き込む。
そこにいたのは、一匹の猫だった。
艶やかな黒い毛並みを持つその猫は、私をじっと見上げていた。
何より目を引いたのは、その瞳――深い青色で、どこか人間じみた知性を感じさせる不思議な光を湛えている。
「……どうしたの? こんな森の中で。」
私は膝をつき、そっと手を差し出した。
猫は警戒する様子もなく、まっすぐ私の手を見つめている。
「あなた、一体どこから来たのかしら。」
猫は一瞬だけ視線を外し、再び私を見つめ返した。
その仕草はまるで、「それを知ってどうする?」と問いかけているように思えた。
猫がゆっくりと歩み寄り、私の膝に前足を乗せた。
その触れ合いに驚きながらも、私は自然と微笑む。
「迷子……なのかな。」
猫は私の目をじっと見つめたまま、静かに鳴いた。
「ニャー」というその声には、不思議な温かさがあった。
「……行こう、一緒に。」
私は立ち上がり、猫を腕に抱き上げた。
その体は思ったより軽く、毛並みの滑らかさが心地よい。
森を歩きながら、私は彼を見下ろし、名前を考え始めた。
「黒い毛に青い瞳……『カイ』、どうかしら?」
その名を口にした瞬間、猫は小さく鳴き、私を見上げた。
まるでその名を気に入ったとでも言うように。
◇
家に帰ると、マティア婆さんが薬草を仕分けていた。
私が猫を連れているのに気づくと、彼女は驚いたように目を細めた。
「おやおや、変わった子を拾ってきたのう。」
「森で見つけたんです。この子、名前を『カイ』にしようと思います。」
「ほほう。なかなかいい名じゃな。……ただの猫ではなさそうじゃが。」
マティア婆さんの言葉に、私はカイを見下ろした。
彼の青い瞳が再び私を見つめ、何かを語りかけているように思えた。
「……ええ、そんな気がします。」
その夜、カイは私の足元に丸くなり、静かに眠りについた。
その小さな背中を見ながら、私は初めてこの家で過ごす夜に温かさを感じていた。