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元悪役令嬢、毒を以て毒を制する  作者: セピア色にゃんこ
第1章 悪役令嬢、家出する
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薬草の香りと冒険者サイラス

その日の午後、不意に扉をノックする音が家の中に響いた。

森の静寂を破るその音に、私は思わず顔を上げた。


「誰じゃ……?」


マティア婆さんが立ち上がり、ギシギシと音を立てながら扉を開ける。

すると、そこには黒髪の青年が立っていた。


彼は剣を背負い、旅の埃を纏った姿だった。険しい顔つきに緊張が走り、その瞳には焦りの色が浮かんでいる。

青年は深々と頭を下げ、息を整えるようにして話し始めた。


「あなたがマティアさんですね?急ぎ必要な解毒剤があって、近くの村でここを教えられました。」


その言葉に、私は思わず彼の姿を見つめた。

彼の服は所々ほころび、剣の鞘には傷が刻まれている。長い旅の末にたどり着いたことがその姿からも伺えた。


「ほう、どういう状況じゃ?」


マティア婆さんが尋ねると、青年は苦い表情を浮かべながら答えた。


「仲間が毒にやられてしまい、すぐに解毒剤が必要です。このままでは命に関わります。」


青年の手には、紙切れが握られていた。

その紙には特定の薬草と調合手順が記されている。震える手でそれを差し出す彼に、私は彼の必死さを感じ取った。


「ルナフィーネ、お前さんの出番じゃな。」


マティア婆さんが私に向かって言う。


「……はい。」


私は迷いなく頷いた。彼の目に宿る焦りが、私の心に火を灯した。


「その解毒剤は繊細な調合が必要です。任せてください。」


私が静かに答えると、青年の視線が私に向けられた。

その目には警戒と希望が入り混じっている。



調合台の前に立つと、私は深呼吸をした。

必要な薬草を棚から取り出し、机に広げる。

メモに記された主成分は「銀葉草」と「毒浄化草」。どちらも慎重に扱わなければ毒を中和するどころか悪化させる危険がある。


銀葉草の葉を手に取り、丁寧にすり潰し始めた。

その隣では毒浄化草を湯煎にかけ、少しずつエキスを抽出していく。


「……しばらく匂いがきつくなりますが、我慢してください。」


部屋には苦いような酸味のある匂いが立ち込め、空気を重くする。

それでも私は動きを止めず、二つのエキスを慎重に混ぜ合わせた。


「混ぜる順番を間違えると、効果が半減します。慎重に……。」


自分に言い聞かせるように呟きながら、毒を中和するための触媒を加える。

湯気が立ち上り、やがて小さな泡が立ちはじめる。

それは薬が完成する合図だった。



「できました。」


私は小瓶に詰めた液体を手に取り、青年に差し出す。


「これは……解毒剤ですか?」


青年はその小瓶をじっと見つめながら尋ねる。


「はい。三回に分けて飲ませてください。一度に与えると逆効果になります。」


私が注意を添えると、彼は真剣な表情で深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。この恩は忘れません。」


「仲間の命を救えることを願っています。」


私の言葉に、彼は一瞬だけ目を細め、感謝の意を込めた表情を浮かべた。


「あなたは……ずいぶん冷静なんですね。」


その言葉に、私は手元の小瓶を見つめる。


「……それが私の育った環境だったので。」


青年は私の答えに短く頷き、考え込むような表情を浮かべたが、それ以上何も言わなかった。



扉の前に立った彼が振り返る。


「お名前は?」


私が静かに問いかけると、彼は短く答えた。


「サイラス。放浪の冒険者です。」


「……ルナフィーネです。」


私が名乗ると、彼は軽く笑みを浮かべた。


「またどこかで会うことがあれば、その時はよろしく頼む。」


そう言って去っていく背中は力強く、それでいてどこか儚い印象を残していた。

扉を閉めると、私は手元の調合台に目を落とし、静かに息を吐いた。


「またどこかで会うことが……あるのかしら。」


部屋に残る薬草の香りが、私の心を穏やかに包み込んでいた。

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