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元悪役令嬢、毒を以て毒を制する  作者: セピア色にゃんこ
第1章 悪役令嬢、家出する
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エピローグ:リナの薬屋

久しぶりに見慣れた薬屋の扉が目の前に現れた。リナは静かに扉を開け、中に足を踏み入れる。ほんの少しの間離れていただけなのに、懐かしさで胸がいっぱいになる。


部屋の中には薬草のほのかな香りが漂い、カウンターの上には使いかけの資料や瓶がそのまま置かれていた。微かな足音が奥から近づいてくる。


「リナ!帰ってきたのね!」


元気な声と共に、黒髪を揺らしながらミリアが駆け寄ってきた。その瞳は輝き、彼女の頬には安堵の色が浮かんでいる。リナが反応する間もなく、ミリアは勢いよく彼女に抱きついた。


「ミリア……!」


「もう、どれだけ心配したと思ってるの!無事でよかった、本当によかった……。」


ミリアの抱擁は力強く、リナは一瞬驚いたが、すぐにその気持ちを受け止めて笑みを浮かべた。


「心配かけてごめんね。でも、こうして帰ってこられたから。」


リナの言葉に、ミリアはようやく腕を緩め、彼女の顔を覗き込む。その瞳には少し涙が滲んでいた。


「こんなに大変なことを全部一人で抱え込むなんて、やっぱりリナは無茶しすぎよ。でも……よかった。本当によかった。」


その時、リナの足元にふわりと黒い影が現れた。漆黒の毛並みを持つ黒猫――カイだ。彼はじっとリナを見上げ、琥珀色の瞳で何かを伝えるように瞬いた。


「カイ……ただいま。」


リナがしゃがみ込み、カイの頭をそっと撫でると、カイは「ニャン!」と小さくなき、その手に頭を押し付けるようにして甘えた。それがまた懐かしく、愛おしかった。


「カイもずっと待ってたのよ。リナが帰ってくるのを。」


ミリアが微笑みながら言うと、リナはカイを抱き上げて顔を埋めるようにして息をついた。


「本当に、ただいま。ミリアがここにいてくれてよかった。」


少しだけ涙ぐみながらリナが呟くと、ミリアは優しく彼女の肩に手を置いた。


「さあ、中でゆっくり休みましょう。いっぱい話したいことがあるけど、まずはリナが元気にならないとね。」


「そうだね。話したいこと、聞いてほしいことが山ほどあるから。」


穏やかな空気の中、二人と一匹は薬屋の奥へと入っていった。外の喧騒や戦いの記憶から切り離されたような、この小さな空間は、リナにとってかけがえのない居場所だった。



薬屋の窓から差し込む夕陽が、部屋を優しく包んでいた。

リナはカウンターの上で薬草を丁寧に仕分けしながら、静かな時間を楽しんでいた。しかし、心のどこかで予感がしていた。この静けさを破る、特別な訪問者が来ることを。


軽くノックの音がして、彼女の予感は現実となる。


「入って。」


扉が開き、サイラスが現れる。


「久しぶりね、サイラス。」


リナは微笑みながら彼を迎えた。その表情には、少しだけ緊張と期待が混じっていた。サイラスもまた、彼女を見つめてから軽く微笑む。


「元気そうで何よりだ。」


彼は薬屋の中に一歩踏み入れ、言葉を選びながら静かに口を開いた。


「リナ……僕は、グランディールに戻ることにした。」


リナの手が一瞬止まる。予感していたとはいえ、やはりその言葉を聞くと胸が締め付けられるようだった。それでも、彼女は努めて穏やかな表情を保ち、頷いた。


「そう……決めたのね。」


「王族としての責務がある。宰相派の残党もまだ動きを見せているし、僕の手で王国を安定させなければならない。」


サイラスの言葉には揺るぎない決意が込められていた。しかし、その瞳の奥に隠しきれない迷いがあることにリナは気づいていた。


「リナ……。」


彼は少し声を潜め、彼女に向き直った。そして、真剣な眼差しを向ける。


「君も一緒に来ないか? グランディールで僕と共に未来を築いてほしい。」


その言葉に、リナの心が激しく揺れる。サイラスの真剣な表情に、彼の本気の気持ちが伝わってきた。しかし、彼女はそっと目を伏せ、微笑んだ。


「ごめんなさい、サイラス。でも、この国にはまだ私を必要としている人がいるの。」


リナは少し微笑みながら、薬草を指でなぞる。その姿には確かな自信と優しさがあった。


「この薬屋を頼りにしてくれる人がたくさんいるわ。私がここでできることを、ちゃんと最後までやり遂げたいの。」


サイラスは彼女の言葉を静かに聞き、頷いた。その瞳には寂しさと理解が混じっていた。


「君らしい答えだな。誰かを支えるために、君はいつも全力を尽くす。」


リナは照れくさそうに笑いながら、視線を彼に戻した。


「でも、サイラス。私にとって、あなたもとても大切な人よ。いつか必ず、あなたの国を訪ねるわ。その時、誇りを持ってあなたの隣に立てる自分でいたいの。」


その言葉に、サイラスは驚いたように彼女を見つめた。そして、笑みを浮かべながら彼女の手を取った。


「その約束、絶対に忘れない。」


リナの頬がわずかに赤く染まる。サイラスの手の温かさが、彼女の心に安心感をもたらしていた。


「あなたも約束して。グランディールを良い国にしてね。」


「もちろんだ。君が誇りを持てるような国にするよ。」


二人の間に静かな時間が流れる。リナはサイラスの手を握り返しながら、別れの寂しさよりも、再会への希望を胸に抱いていた。



サイラスが去った後、リナはカイを抱き上げ、窓辺に座った。遠くの空には、夜の帳がゆっくりと降り始めている。


「また会えるよね、カイ。」


黒猫のカイは、琥珀色の瞳でリナをじっと見つめた後、喉を鳴らしながら彼女の胸元に顔を擦り寄せた。その温かさに、リナの顔に自然と笑顔が広がる。


「ありがとう、カイ。」


彼女はカイの艶やかな毛並みを優しく撫でた。窓の外には、満天の星空が広がり、遠く離れた空の下でサイラスもまた同じ空を見上げている気がした。


(この道を選んだからこそ、きっといつかまた彼と交わる未来がある。)


カイが彼女の膝の上で丸くなると、リナはその柔らかな重みを感じながら静かに目を閉じた。その胸には、彼との再会を信じる小さな希望が確かに灯っていた。


その夜、リナは星空を見上げながら、小さな祈りを捧げた。


「どうか、彼が無事でありますように。そして、この絆がこれからも変わらず続きますように。」


夜風が優しくカーテンを揺らし、窓から差し込む月の光がリナとカイを包む。


遠く離れた場所で、サイラスもまた夜空を見上げ、彼女を想って微笑んでいた。


そして、未来へと続くそれぞれの道が、いつか再び重なる日を信じて――。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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