家族の絆
王宮地下の戦いを終え、リナはゆっくりと地上へと足を踏み出した。冷たい夜風が肌を刺し、空気の透明さが、すべてが終わったという現実を実感させる。
戦いの痕跡が残る王宮の庭は荒れていたが、夜空には星々が輝き、まるで新たな始まりを祝福しているかのようだった。
「リナ!」
後ろから聞き覚えのある声が響き、振り返ると、アルベルト家の家族たちが彼女を囲むように立っていた。レオン、ヴィクトリア、そしてセレーナ――彼らの表情には、これまでにない誇りと安堵が浮かんでいる。
「よくやったな、リナ。」
レオンの低く落ち着いた声には、かつての厳格な父親らしさだけでなく、温かな感情が滲んでいた。彼はリナの肩に手を置き、その重みが、言葉以上の信頼を伝えてくる。
「……お父様。」
リナは少し目を潤ませながらも、ぎこちなく笑った。その姿を見たヴィクトリアが柔らかく微笑み、そっと手を差し出す。
「私たちは信じていたわよ。あなたがきっとやり遂げると。」
「お祖母様……。」
リナはその手を取り、自分が一人ではなかったことを改めて実感した。追放され、孤独を感じ続けた日々がまるで遠い過去のように思えた。
彼女の視線がセレーナに向けられると、セレーナは少し照れくさそうに目をそらした。
「お姉様……」
「何よ。私はただ、自分の役目を果たしただけよ。」
その言葉に、リナは静かに微笑む。
「ありがとう。お姉様がいなければ、私はここまで来られなかった。」
セレーナは驚いたように目を見開いたが、すぐにわずかに頷いた。それが彼女なりの感謝への応答だった。
◇
家族と静かに喜びを分かち合いながらも、リナの胸には一つの疑問が燻り続けていた。戦いは終わった。しかし、すべてが解決したわけではない。
ふと空を見上げ、彼女の表情が曇る。
「リナ、どうした?」
レオンが声をかけたが、リナはすぐに答えず、ゆっくりと深呼吸をした後、静かに口を開いた。
「……封印を巡る黒幕がまだ捕まっていません。」
その言葉に、家族たちの表情が引き締まる。彼らもまた、その存在を知っていた。
「奴は逃げたのね。」
ヴィクトリアが冷静に言葉を紡ぐ。彼女の声には、長年の経験からくる確信があった。
「はい。ローレンツは行方をくらまし、彼の背後にいるグランディール宰相の動きも掴めていません。今回の計画が失敗に終わったとしても、次の手を考えているはずです。」
リナの声には力強い決意が込められていた。
「奴らの狙いは魔王の復活だけじゃない。」
セレーナが険しい表情で言葉を続けた。
「封印を混乱させ、国全体を揺るがそうとしている。奴らが次に何を仕掛けてくるか、油断できないわ。」
「その通りだ。」
低く響く声が、リナの耳に届いた。少し離れた場所に立つサイラスが、戦いの疲れを隠しながらも、鋭い光を宿した瞳で語り始める。
「グランディール宰相の目的は、ルミナス国の混乱を引き起こし、支配を拡大することだ。魔王の力を利用しようとしているのも、結局はそのための手段に過ぎない。」
リナは彼の言葉を静かに受け止めながら、視線を合わせた。
「サイラス……。」
彼の名前を呼ぶと、サイラスは深く息をつきながら小さく頷く。
「僕たちは奴らを止めなければならない。この国が危険にさらされるのを見過ごすわけにはいかない。グランディール王家の血を引く者として、僕にも責任がある。」
その言葉には、自分の国に対する責任感と、ルミナスを守るための決意がにじんでいた。リナは彼をじっと見つめた後、静かに応じた。
「ええ、私たちで止めましょう。もう、誰にもこの国を壊させはしない。」
◇
一段落し、夜の静けさに包まれた王宮の庭。リナは冷たい夜風を浴びながら、サイラスと並んで立っていた。遠くで揺れる明かりが、戦いの痕跡をかすかに映し出している。
「君は本当に強いな。」
ふいにサイラスが呟いた。その声には疲労の中にも安堵と尊敬が滲んでいた。
「強いわけじゃないわ。ただ……やるべきことをやっているだけよ。」
リナは苦笑交じりに答える。戦いを終えた達成感よりも、これから先の道のりを思うと、まだ肩の力を完全に抜くことはできなかった。だが、その言葉にサイラスはふっと笑みを浮かべる。
「でも、君がいてくれたから、僕はここまで来られたんだ。」
サイラスの静かな声が、冷たい空気の中で柔らかく響く。その言葉にリナは思わず彼の横顔を見る。星明りに照らされた彼の真剣な表情に、自分の心臓が僅かに跳ねるのを感じた。
「……私が?」
「そうだよ。」
サイラスはまっすぐにリナの目を見つめた。彼の瞳には揺るぎない信頼と、どこか優しい感情が宿っている。
「君が戦い続ける姿を見て、僕も自分の責務を忘れるわけにはいかなかったんだ。君は……本当に不思議な人だよ。強くて、でも誰よりも優しい。」
リナは不意に頬が熱くなるのを感じ、そっと顔を逸らした。夜風がその火照りを冷ましてくれることを期待しながら、淡々とした声で返す。
「……私はただ、一人じゃなかったから戦えたの。家族が支えてくれたし、サイラス、あなたが隣にいてくれたから……。」
リナの言葉に、サイラスの表情がさらに柔らかくなる。その顔は、いつもの冷静な彼とは違い、どこか無防備な温かさを感じさせた。
「これからも、君のそばにいるよ。」
サイラスはそう言うと、ゆっくりとリナの肩に手を伸ばし、そっと触れた。その動きは慎重で、まるで彼女を傷つけないように気遣っているかのようだった。
「君が何かを守ると決めたのなら、僕も一緒にそれを守る。」
リナは驚いたように彼を見上げた。その真摯な言葉と、近くに感じる体温が彼の本気を物語っていた。しばらくして、彼女の唇に小さな笑みが浮かぶ。
「ありがとう、サイラス。」
その言葉にサイラスの手が少しだけ力強くリナの肩を支える。二人の間に流れる沈黙は、言葉以上の信頼を交わす時間だった。
夜空には無数の星々が輝き、彼らの未来を照らしているようだった。