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元悪役令嬢、毒を以て毒を制する  作者: セピア色にゃんこ
第1章 悪役令嬢、家出する
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師匠の家へ

森の中を歩き続ける。足元の土は柔らかく、木々の間から漏れる陽光がぼんやりと私を照らしている。

鳥のさえずりや、木の葉が揺れる音だけが静けさを破るこの道は、幼い頃の記憶に染みついていた。


やがて視界の先、木々の隙間から一軒の家が見えた。


古びた木造の家。屋根には苔が生え、壁を這うツタが年月を物語るようだ。

周囲には雑草が伸び放題で、誰かが住んでいるとは思えないほど荒れている。


それでも、その佇まいは不思議と暖かく、胸の奥に残る懐かしい記憶を呼び覚ました。


「……変わらないわね。」


思わず呟いた声は、静かな森に吸い込まれていく。

ここは私が幼い頃から通い詰めた場所――薬草学を教えてくれた師匠、マティア婆さんの家だ。



扉の前に立つと、手が少し震えているのに気づく。

「どうして緊張しているの……?」と自分に問いかけるが、答えは出ない。

私は軽くノックをした。


扉の奥から、聞き慣れたかすれた声が返ってきた。


「誰じゃ?」


胸が少し熱くなる。

あの声――ずっと聞きたかった声だ。

私は深く息を吸い、扉に向かって静かに名乗った。


「ルナフィーネです。お久しぶりです。」


短い沈黙が続いた後、扉がギシギシと音を立てて開く。

そこに現れたのは、腰が少し曲がり、顔に深い皺が刻まれた小柄な女性。

マティア婆さんの鋭い目が私をじっと見つめた後、ふっと微笑んだ。


「おやおや……こりゃまた懐かしい顔じゃのう。」


その言葉に、胸の中で押し込めていた感情がじんわりと広がっていく。


「ご無沙汰しています。……突然お邪魔して申し訳ありません。」


私は深く頭を下げる。

すると、マティア婆さんは手を振りながら笑った。


「そんなにかしこまるんじゃないよ。まあ、寒いだろう。早く中に入りなさい。」


その声に促され、私は扉をくぐった。



家の中に一歩足を踏み入れた瞬間、懐かしい薬草の香りが鼻をくすぐった。

古びた棚には乾燥させた薬草が整然と並び、中央には調合台がそのままの形で残されている。

ここは変わらない――時間が止まったかのように、あの頃のままだ。


「お前さんがここに来るなんて、どういう風の吹き回しじゃ?」


マティア婆さんは小さな鍋に水を入れ、火にかけながら問いかける。

その声には、少しだけ心配の色が混じっているように感じられた。


「家を出ました。それで、しばらくここにいさせていただけないかと……。」


私は一言一言を慎重に選ぶようにして、静かに答えた。

彼女は鍋をかき混ぜる手を止め、鋭い目で私を見つめる。

その目は、まるで何もかも見透かしているようだった。


「そうかい。」


しばらくの沈黙の後、彼女は小さく頷いた。


「まあ、好きにしなさい。ただ、ここにいるなら手を動かしてもらうよ。」


「ありがとうございます。」


頭を下げる私を見て、彼女は満足げに笑った。



「久しぶりに薬を調合してみたらどうじゃ?」


その一言に、胸が少しざわつく。

この家で過ごした日々の記憶が、私の中に湧き上がってくる。


「……いいんですか?」


恐る恐る確認すると、彼女はうなずいた。


「道具も材料も揃っとる。あんたの腕が鈍ってないか試してみなさい。」


その言葉に背中を押されるようにして、私は調合台の前に立った。


棚には、乾燥した薬草や器具がきちんと並べられている。

手に触れると、幼い頃に体に染み付いた感覚が少しずつよみがえってきた。


「これで……」


慎重に手を動かしながら、薬草をすり潰し、小瓶に詰める。

手元の作業に集中するうちに、余計な考えはどこかへ消えていった。


ようやく調合が終わると、私は小瓶を手に取り、深く息を吐いた。


「まだ腕は鈍っておらんようじゃな。」


マティア婆さんの言葉に、胸が少し暖かくなる。


「……久しぶりにやってみて、少し安心しました。」


私が微笑むと、彼女は満足げに目を細めた。


「それでいい。それができるなら、これからどう生きるかを決める力も持っとるよ。」


彼女の言葉に、胸の奥に小さな灯がともるのを感じた。

私はここで、もう一度始めることができるのかもしれない。



夜になると、家の外には静寂が広がり、遠くから聞こえるフクロウの声だけが響いている。

私は窓辺に座り、月明かりが森を照らすのをじっと眺めていた。


「明日から……何をすればいいのかしら。」


不安と期待が入り混じる中、それでも胸の中には確かな希望が灯っていた。


この家で過ごす日々が、新しい道を照らしてくれる気がした。

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