魔法学者ローレンツの野望
厚いカーテンが夜の闇を遮る部屋の中、ローレンツは静かに書物を閉じた。机の上には、長年の研究で収集した古代魔法に関する書物と、グランディール宰相から密かに送られてきた資料が並べられている。
彼の顔には微かな疲労の色が浮かんでいたが、その目には計画の成功を目前にした者特有の高揚感が宿っていた。
(ついにここまで来た。この術式が完成すれば、私の研究は永遠に刻まれるだろう。)
彼が追い求めたのは、ただ学問的な名誉ではなかった。封印術式を解明し、魔王の力を制御可能なものに変えること。それを成し遂げれば、自らの存在が王国の歴史に刻まれると信じて疑わなかった。
◇
ローレンツが封印術式に深く関わるようになったのは、グランディール宰相からの誘いがきっかけだった。数年前、彼が古代魔法の研究のためグランディールを訪れた際、宰相は焼失したはずのアルベルト家の封印に関する記録を提示したのだ。
「君が求めていた資料だろう。これを利用すれば、封印術式の全貌を解明できるはずだ。」
宰相の言葉には魅力があった。しかし、それ以上に、その資料がもたらす研究の可能性が彼を捉えて離さなかった。
(王国の秩序などどうでもいい。私が求めるのは、学問の頂点に立つことだ。)
だが、そのためには宰相の計画に協力せざるを得なかった。宰相が求めていたのは、ルミナス王国の混乱。そして、封印柱の崩壊による支配の糸口だった。
◇
ローレンツにとって、レイナは便利な駒にすぎなかった。彼女の光魔法の力は封印柱に干渉する鍵となり、その純粋な野心が、彼女を思い通りに動かすための道具となった。
「先生、私は聖女になるべき存在です。それを証明するために何をすればいいのですか?」
レイナが必死に問いかけるたび、ローレンツは心の中で嘲笑しながらも、表向きは穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「レイナ、光魔法を極めることだ。それが君を聖女たらしめる唯一の道だよ。」
彼は彼女に光魔法の術式を教え、封印柱に干渉する方法を伝授した。しかし、実際には、彼女の力を利用して封印を崩壊させるのが目的だった。
(彼女が気づくことはないだろう。自らの野心に囚われた彼女には、真実を見抜く力などない。)
だが、ローレンツにとってルナフィーネ・アルベルト……リナだけが予想外の存在だった。
彼女が封印を再構築しようとしていることは承知していた。だが、それがどこまで成功するかは未知数だった。
(彼女の知識と技術は確かだが、時間が足りないはずだ。それに、国王や魔術師たちの信頼も完全には得られていない。)
ローレンツは冷笑を浮かべた。自分が今の立場にいられるのは、ヴィクトリアやサイラスからの信頼があるおかげだ。だが、その信頼を裏切ることに罪悪感はなかった。
(王国がどうなろうと知ったことではない。私が求めるのは、研究の完成だけだ。)
彼は自らに言い聞かせるように呟いた。