レイナとセレーナの密会
人気の少ない路地裏の小さなカフェ。
その隅の席に、黒いローブを深く被った女性が静かに座っていた。
セレーナ・アルベルト。
アルベルト家の長女にして、闇の一族の一員。
彼女がルミナス王国に戻ってきたのは、昨夜のことだった。
そのきっかけとなったのは、一通の手紙だった。
「貴女にどうしてもお話ししたいことがあります。家を出た裏切り者、ルナフィーネについてです。また、貴女が闇の一族としてさらに活躍できるよう、私が手助けをします。」
この挑発的な手紙の差出人は、男爵令嬢レイナ・ヴァレンティア。
その内容が妹ルナフィーネの名を含む以上、無視することはできなかった。
セレーナは人目を避け、このカフェで密会することにしたのだ。
「で、どういうことかしら?」
低く抑えた声が、カフェの静寂を切り裂いた。
セレーナはローブのフードを深く被り、顔を伏せたまま、目の前に座るレイナを見据えていた。
レイナ・ヴァレンティア。
彼女は黒い髪をふわりと揺らしながら、余裕のある笑みを浮かべている。
「まずは、裏切り者の話から始めましょうか。」
レイナの唇がそう告げた瞬間、空気が少しだけ変わった。
「ルナフィーネ・アルベルト。あなたの妹で、アルベルト家の次女。一度は家を追放された彼女ですが、最近、冒険者として名を上げているそうです。」
「……だから?」
セレーナは短く答えた。
その声には感情がまるで感じられない。
「ご興味がないようですが、あなたの妹はただの冒険者ではありません。彼女は、瘴気や魔獣の問題に積極的に関与しています。そして、最終的に彼女が目指しているのは、闇の一族としての復権でしょう。」
「復権?」
セレーナは小さく問い返した。
「ええ。彼女がそのために動いているのは明らかです。その証拠に……」
レイナは鞄の中から小さな封筒を取り出した。
そして、それをセレーナの前にそっと置く。
「彼女が関わっていると思われる4本の柱について、ある情報を手に入れました。」
「……4本の柱?」
セレーナは微かに眉を動かしたが、それ以上の反応は示さなかった。
だが、その名を聞いた瞬間、警戒心がわずかに高まる。
4本の柱――その存在はアルベルト家の中でも限られた者にしか知られていない。
それをレイナが口にしたこと自体が異常だった。
「そうです。」
レイナは声を弾ませる。
「古代の封印。4本の柱が世界の秩序を保ち、封印を守っている……そんな話をご存じでしょう?」
セレーナは何も言わず、ただじっと彼女を見つめていた。
「もし、この柱の一つに手を加えればどうなると思います?」
レイナは楽しげに、まるでセレーナを試すように言葉を続けた。
「封印が崩れる。そして、魔王が復活するのです。」
「……それが、あなたの話したいこと?」
セレーナは冷静な声で問い返した。
「ええ。」
レイナの声は自信に満ちているが、その熱を冷やすように、セレーナは冷ややかに返す。
「誰がそんな夢物語を信じるの?」
その一言に、レイナの顔がわずかに強張った。
「嘘じゃないです!本当です!先生が嘘をつくわけがありません!」
「先生?」
セレーナはその言葉を見逃さなかった。
「あ……と、とにかく!」
レイナは咳払いして話を切り替えた。
「あなたは、闇の一族としての立場を存分に活かし、この計画を進めるべきです。そのために、私はあなたに協力したいと思っています。」
「協力?」
セレーナは微かに首を傾けた。
「ええ。あなたの力は素晴らしいものです。その力を、もっと正しい形で使うべきだと私は思っています。」
レイナの声には確信があった。
だが、その言葉の中に潜む野心と下心を、セレーナはしっかりと見抜いていた。
「……わかったわ。」
セレーナは静かに席を立ち、ローブのフードを深く被り直した。
「話は聞いた。必要があれば、また連絡をする。」
「ええ、期待していますわ。」
レイナの明るい声が背後から追いかけてくる。
だが、セレーナは一切振り返らず、カフェを後にした。
◇
薄暗い部屋の中。
セレーナは、黒い紙と漆黒のインクが置かれたテーブルに向かって座っていた。
この部屋は、彼女が闇の仕事の活動拠点として使っている場所だった。
無駄な装飾は一切なく、最低限の家具しか置かれていない。
彼女の前にある黒い紙と特別なインクは、闇の一族が秘密裏に使う通信手段だ。
通常の手紙では、秘密を守るにはあまりに脆弱だった。
セレーナは静かにインク瓶の蓋を開けた。
中には魔力を帯びた特別な液体が揺れている。
ペン先にインクを取り、黒い紙の上にゆっくりと筆記を始めた。
「レイナ・ヴァレンティアと接触しました。」
漆黒のインクが紙に触れるたびに、魔力が言葉として刻み込まれる。
「彼女は王宮地下の柱を狙っています。その目的は、聖女としての地位を得るためだと言っています。」
セレーナは一旦ペンを止めた。
頭の中で、レイナの言葉を反芻し、再びペンを動かす。
「彼女が4本の柱の存在を知っていることは非常に不自然です。情報の出所を調査する必要があります。彼女は先生と呼んでいました。」
書き終えると、セレーナは紙の端を指先でそっと撫でた。
すると、黒い紙全体が青白い光を放つ。
これで内容は魔力で完全に封印され、闇の一族の者以外には解読できなくなる。
セレーナは紙を折り畳み、それを燭台の火にかざした。
漆黒の炎が紙を包み、一瞬で鳥の形を作り出す。
その鳥は、闇色の光を纏いながら宙を舞い、窓の隙間をすり抜けて飛び去っていった。
この術は、燃やされた紙を父親の元へと転送する闇の一族特有の手法だった。
「これでお父様に届く。」
セレーナは静かに呟き、椅子に深く座り直した。
曇った窓の外には、夜の闇が広がっている。




