リナの闇魔法
月明かりが差し込む静かな夜、リナは薬草の束を片手に薬屋の調合台へ向かいながら、小さいころの記憶をふと思い出していた。
いつも姉セレーナの影に隠れていた自分。
彼女は父の期待を一身に受けるほどの魔力の持ち主で、闇魔法を自在に操る才能を見せていた。
一方、リナは魔力が少ないとされ、セレーナや父から何度も軽んじられた。
「魔力が少ないなら毒薬で補え。お前にできるのはせいぜいそれくらいだ。」
父の冷たい声を思い出し、リナは調合を始めながらそっとため息をついた。
毒薬の知識と技術を学んだのは、幼少期の屈辱から逃れるためでもあった。
けれど今では、その技術が自分の強みになっていると感じている。
姉のセレーナは、アルベルト家における象徴的な存在だった。
幼い頃から高い魔力を誇り、父に指導されながら闇魔法を極めてきた。
戦闘においても、交渉においても、彼女の魔法は絶対的な力を持ち、周囲を圧倒していた。
「リナ、あんたには闇の力は無理ね。せめて毒薬くらい一人前に仕上げてみなさいよ。」
セレーナの言葉は嘲笑の響きを含んでいたが、リナはいつも表面上は穏やかに受け流していた。
だが、心の奥ではその言葉が胸に刺さり、負けたくないという思いが彼女を突き動かしていた。
(姉さんのように強い魔法は使えないけど……それでも私は、私の力で誰かを助けられるはず。)
リナが毒薬の調合法を学ぶ中で、彼女の意識は次第に「人を傷つけるため」ではなく「人を救うため」に変わっていった。
アルベルト家の「仕事」を手伝ううちに、毒に苦しむ人々や、罪のない者が犠牲になる現実を目の当たりにしたからだ。
(毒を解毒剤に変えられるなら……きっと誰かを助けられる。)
毒を扱う技術は、皮肉にも解毒剤を作るための基礎となり、リナはその研究に没頭した。
そうして完成させた解毒剤や回復薬は、彼女がアルベルト家を飛び出し、冒険者として新しい人生を歩み始める原動力となった。
ギルドでのリナの解毒剤は、いまや冒険者たちに欠かせないものとなっていた。
毒に特化した調合技術を持つ彼女の薬は、他の店のものと比べても即効性と持続力に優れていたからだ。
「リナさん、またダンジョンで助けてもらったよ。あの解毒剤がなかったら、今ごろ俺たち全滅してたかも!」
ギルドで声をかけてきた冒険者が、感謝の言葉を述べながらリナの薬を手に取る。
リナは少し照れくさそうに笑いながらも、自分の努力が役に立っていることを実感していた。
(この力が、誰かを救えるなら……それだけで十分だわ。)
◇
そんなある日、リナはダンジョン攻略の準備をしているときに、サイラスから意外な言葉を投げかけられた。
「お前、魔力が少ないなんて思い込んでるけど、それ嘘だぞ。普通よりずっと多いくらいだ。」
「……え?」
サイラスの言葉にリナは驚き、手を止めた。
「いや、本当に気づいてなかったのか?ミリアもそう思うだろ?」
隣で微笑んでいたミリアが頷く。
「ええ、リナは十分な魔力を持ってるわ。私も初めて見たとき驚いたもの。」
「でも、姉さんや父と比べたら……」
「比べる相手が悪いだけだ。それに、お前の魔力はお前らしく活かせばいいんだよ。」
サイラスの言葉に、リナは心の中で何かが解きほぐされるような感覚を覚えた。
次のダンジョン攻略で、リナは自分の魔力を試してみることにした。
そこは魔獣が徘徊する危険なエリアで、視界の悪さと罠の多さが難関だった。
「リナ、あいつらの目を少しでも眩ませられるか?」
サイラスの問いに、リナは緊張しながら頷いた。
そして、集中してわずかな闇魔法を放つ。
黒い霧のような魔力が広がり、魔獣の視覚を奪う。
「効いてるぞ!今だ、カイエン!」
カイエンが力強い一撃を繰り出し、魔獣を一掃する。
リナは息をつきながらも、成功したことに小さな喜びを感じていた。
その後も、リナの闇魔法はパーティの足留めや敵の動きを鈍らせる役割を果たした。
サポートとして不可欠な存在となったリナを、仲間たちは信頼の目で見つめていた。
ダンジョンをクリアし、ギルドへ戻った夜。
リナは一人、薬草を整理しながら思いを巡らせていた。
(私は、ずっと自分の力を足りないと思い込んでた。でも、少しずつでも役に立ててるんだ……。)
セレーナや父との比較から離れ、今の自分を受け入れ始めたリナ。
彼女の心には、仲間とともに歩む未来への希望が広がっていた。
(これからも頑張ろう。私にできることを、少しずつ。)
リナは新たな決意を胸に、調合を再開した。
その瞳には、以前にはなかった力強い光が宿っていた。




