サイラスの想い
リナはベッドの中で静かに眠っていた。額には汗が滲み、顔色は明らかに悪い。部屋の中は薄暗く、カーテンの隙間から差し込む夕暮れの光が頼りない温かさを与えていた。サイラスはリナの寝室に足を踏み入れ、彼女の疲れ切った様子に眉をひそめた。
「……無理しすぎだぞ。」
呟きながら、彼は椅子を引き寄せ、そっとリナの横に座った。手元のタオルを水に浸し、冷たい布を彼女の額に優しく当てる。少しでも楽になるようにと、リナの手が布団の外に出ているのを見て布団の中に戻してやる。
「こんなやつ、ほっとけるわけがない。」
彼の言葉には呆れと同時に深い優しさが滲んでいた。リナが薬師として、冒険者として、どれほど自分を追い込んでいたかをサイラスは知っていた。彼女は常に周囲のために奔走し、時には自身の体調を犠牲にしてでも助けようとする。それが彼女の美徳であり、同時に弱点でもあった。
サイラスはタオルを絞り直しながら、ふと自問した。なぜここまでリナに肩入れしてしまうのか。彼女が命の恩人であることは確かだ。だが、それに対する感謝はもう十分に返しているはずだった。それでも、リナを放っておけない感情が胸の奥に燻り続けている。
「お前は一人で頑張りすぎだよ、リナ……。」
眠り続けるリナに向けたその言葉は、空気に溶けて消えた。
翌日、サイラスはギルドの一角にミリアとカイエンを呼び出した。リナの体調を確認した後、彼は考えに考えた末に二人へ相談することを決めたのだ。テーブルに腰掛けた彼の顔はどこか険しく、それが真剣な話であることを伝えていた。
「リナを、俺たちのパーティに誘おうと思うんだ。」
その言葉に、ミリアが目を見開く。
「リナを?でも、彼女、薬屋を軌道に乗せようとしてる途中よ。それに、冒険者としての依頼も忙しいんじゃない?」
「それは分かってる。でも、あいつが全部一人で抱え込んでるのも見てるだろ?あいつ、一人で頑張りすぎてるんだよ。」
サイラスは語気を強めながら続けた。その声には焦りと苛立ちが混ざっていた。リナがどれほど努力しているかは知っているが、その努力が彼女自身を壊してしまうのではないかという不安が拭えない。
「それだけか?」
カイエンの低い声がテーブルに響く。その言葉には、どこか探るような鋭さがあった。
「それだけ……って、他に何があるって言うんだよ?」
サイラスは少し動揺したように返すが、カイエンは表情を変えずに続けた。
「サイラス、お前がリナに肩入れするのは、ただの仲間意識だけじゃないんじゃないか?」
カイエンの言葉に、サイラスは一瞬言葉を失う。それは自分でも気づきたくない感情に触れられたような感覚だった。
そんな空気を和らげるように、ミリアが口を開いた。
「まあまあ、カイエン。サイラスの気持ちも分かるわ。リナって、なんだか放っておけないのよね。自分のことを二の次にして人を助けようとする姿を見ると……支えてあげたくなるもの。」
彼女の柔らかな言葉に、サイラスは少しだけ肩の力を抜いた。だがカイエンは真剣な表情を崩さない。
「俺はまだ、リナを完全には信じられてない。彼女がアルベルト家の出身である以上、背後に何かある可能性は否定できない。」
その言葉には確かな重みがあった。カイエンはリナの過去に目を向けている。彼女がかつて名門アルベルト家に生まれたこと、その家が持つ「闇」の影響を完全に拭い去ることはできないのではないかと。
サイラスは真っ直ぐにカイエンを見返し、力強く言った。
「お前が言いたいことは分かる。でも、俺はリナを信じたい。あいつが本当に前を向いて生きようとしてることを知ってるからだ。」
カイエンはサイラスの言葉を黙って聞き、しばらくの間彼を見つめていた。やがて、小さく頷く。
「分かった。お前がそこまで言うなら、俺も信じる。ただし、もし何かあればすぐに対応する。」
その妥協点に、サイラスはホッと息をついた。
ミリアは微笑みながらサイラスの肩を軽く叩いた。
「リナに直接話してみましょうよ。彼女なら、きっといい返事をくれるはず。」
その夜、サイラスは宿の自室で一人、静かに考え込んでいた。自分がここまでリナにこだわる理由を、未だに言葉にすることができない。ただ一つだけ確信していることがある。
(リナ、君が何を抱えていようと、俺たちと一緒なら少しは楽になれる。そう信じてるんだ。)
サイラスは小さく息を吐き、リナに直接想いを伝える決意を固めた。そして、彼女が再び倒れたり、すべてを一人で背負ったりしないよう、全力で支えることを心に誓った。