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元悪役令嬢、毒を以て毒を制する  作者: セピア色にゃんこ
第1章 悪役令嬢、家出する
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薬師としての第一歩

翌朝、私は新居に移るための荷造りをしていた。

リュックに必要なものを詰め込みながら、これまで過ごしたマティアの家を見渡す。狭いけれど温かいこの空間が、私をどれだけ安心させてくれたか――言葉にするのは難しい。


「リナ、本当に引っ越すんだな。なんだか寂しくなるよ。」

マティアが笑いながらそう言った。彼女には本当に世話になった。この家がなければ、私は今頃どうなっていたかわからない。


「マティアさん、今まで本当にありがとうございました。これからは自分の力で頑張ります。でも……また会いに来てもいいですか?」

「もちろんだよ。困ったことがあったらいつでもおいで。そうだ、これを持っていきな。」


そう言って、彼女が手渡してくれたのは乾燥させたハーブや貴重な薬草が詰まった大きな布袋だった。


「これ、私にはもう使い切れないから、あんたが持っていきなさい。」

「ありがとうございます。大事に使います。」


私は深く頭を下げた。そのとき、足元でふわりと黒い影が動いた。振り返ると、カイがこちらをじっと見つめている。


「カイも連れて行くのかい?」

マティアが微笑みながら問いかける。


「ええ、私だけ新しい場所に行くなんて、カイが納得するはずないですから。」


カイは黒い毛並みと深い青い瞳を持つ猫だ。

マティアの家で暮らしている間、ずっと私のそばにいてくれた。

彼を置いていくなんて考えられない。


「そうだね、カイならきっと新しい家でもリナを守ってくれるよ。」


玄関を出ると、サイラスが軽く手を振って待っていた。


「よし、出発だな。カイも一緒か。」


「ええ。新しい場所でも、カイがいてくれたら安心です。」


そう答える私に、彼は柔らかく微笑んだ。



新居に到着し、玄関を開けた瞬間、ひんやりとした空気が流れ込んできた。古い建物特有の冷たい空気だが、そこには確かに「私の場所」があった。


カイはすぐに部屋の中を探検し始めた。薬棚をひとつひとつ確認するように歩き回り、時折私を振り返る。


「荷物を置いて、少し片付けるか?」


サイラスが言う。

確かに、1階の店舗スペースにはまだ古い薬瓶や器具が散らばっていた。


「そうね。せっかくだから少しずつ片付けて、1階を整理しておこうかしら。」


「その意気だ。よし、俺も手伝うぞ。」


埃っぽい空気の中、私たちは掃除を始めた。かつて薬屋だったこの場所には、懐かしいような温かさがある。カイも興味津々で棚の上や調剤台を飛び回り、毛が陽の光を浴びて輝いている。


「ここ、本当にいい場所だな。リナにピッタリだ。」


サイラスがそう言いながら、埃まみれの手を払っている。

その言葉に私は小さく微笑んだ。



掃除を終えたころ、夕日が窓から差し込み、店舗スペースを暖かな光で包み込んでいた。

薬棚には空っぽの瓶が並び、まるで「再び使われるのを待っている」ように見えた。


「ありがとう、サイラス。本当に助かったわ。」


「気にするなよ。俺も楽しかったよ。」



その夜、カイと2階の部屋で過ごしながら、私は今日一日を振り返っていた。

まだ片付けが残っているけれど、こうして新しい家にカイと一緒に住む生活が始まったのだ。


「カイ、これからここが私たちの家だよ。」


彼は私の言葉を理解したかのように小さく喉を鳴らし、私の膝の上で丸くなった。



数日後、薬の瓶などの整理をしていると


「近所の人に聞いたんだけど、ここって薬屋さんになるの?」


現れたのは近所の女性だった。


「ええ、まだ準備中ですけど……。」


「そっか。実は子どもが最近風邪をひいちゃってね、病院まで行くのも遠いし、もし簡単な薬があればと思ったんだけど……。」


その言葉に、私は自分がこの場所でできることを改めて考えた。

冒険者として依頼をこなすだけでなく、街の人々の役に立つ場所を作ること――それがこの家でできることかもしれない。


「少し待っていてください。すぐに準備します。」


私はそう答えて、調合を始めた。


2階の部屋に駆け上がり、マティアからもらった布袋を手に取った。

袋を開けると、ほのかに漂う優しい香りに安心感を覚える。これを使う時が来たのだ。


調剤台に戻り、風邪に効く薬草を選び出す。

エルダーフラワー、ペパーミント、カモミール、ジンジャー。これらを慎重に組み合わせ、鍋で煮立たせていく。


「これで十分……。」


10分ほど煮出した液体をこし器で濾し、黄金色の薬をカップに注ぐ。女性に薬を手渡すと、彼女は安堵した表情を浮かべた。


「この薬をぬるめに冷まして飲ませてください。喉の痛みが和らぐはずです。」


「本当にありがとうございます。あなたがいてくれて助かるわ。」


私は照れくさそうに微笑んだ。


その夜、私は布袋を見つめながら思った。

今日はこの薬草のおかげで、初めて「薬師」として人の役に立つことができた。

これからは冒険者としてだけでなく、薬師としてもこの街での生活を支えていきたい――その思いが胸に広がった。


「少しずつでいい。私にできることをやろう。」


そう決意を新たにしながら、私は次の調合に向けて準備を始めた。

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