表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元悪役令嬢、毒を以て毒を制する  作者: セピア色にゃんこ
第1章 悪役令嬢、家出する
16/53

新しい名前、そして新たな一歩

翌朝、私は冒険者ギルドの扉を押し開けた。

これまでの「ルナフィーネ・アルベルト」という名前を捨て、新しい名前で登録するためだ。扉の向こうから、賑やかな声やカップが触れ合う音が聞こえ、私は少し緊張しながらも深呼吸をした。


「大丈夫、リナ。君ならできるよ。」

隣でサイラスが軽く肩を叩いて励ましてくれる。その言葉に背中を押され、私は一歩を踏み出した。


ギルドのカウンターには、柔らかな笑顔を浮かべた受付係が立っていた。以前、ギルドカフェで見かけたことがある人物だ。その穏やかな物腰に、少しだけ緊張がほぐれる。


「冒険者登録の変更をご希望ですね。登録名の変更も含まれますか?」


「はい。これまでの『ルナフィーネ・アルベルト』という名前を『リナ』に変更したいのです。」


その言葉を口にした瞬間、胸がわずかにざわついた。これまで自分を縛りつけていた名前を捨てるという決断――それは過去を断ち切る覚悟を象徴していた。


「登録名の変更には少々お時間をいただきますが、すぐに手続きに取り掛かります。それでよろしいでしょうか?」


「お願いします。」


そう答えたものの、自分の中に残る迷いに気づく。アルベルトの名が自分にとってどれだけ重いものだったのかを、改めて実感した。


「新しい名前で新しいスタートだ。君らしく進めばいい。」

サイラスの明るい声に、胸の中の葛藤が少しだけ和らいだ。


「それから……最近いくつかの依頼を達成しましたので、冒険者ランクの見直しもお願いできますか?」


受付係が頷き、手元の書類を確認し始める。


「現在のランクはEランクですね。それでは最近の記録を確認いたします。」


静かなギルドホールに、書類をめくる音だけが響く。その時間はわずかなものだったが、私にはとても長く感じられた。


「光苔草の採取など、いくつかの依頼を確実に達成されていますね。これでDランクへの昇格が認められます。」


「Dランク……!」


思わず声が漏れる。冒険者としてランクが上がるというのは、努力が報われた証だ。


「Dランクになると、依頼の内容も少し高度になりますが、その分報酬も増えます。これまで以上にお力を発揮いただけるでしょう。」


受付係が手渡してくれた新しい登録証には、「リナ」の名と「Dランク」の文字が刻まれていた。新しい名前で始まる新しい冒険。私はそれを手に取り、深く息を吸い込んだ。


ギルドを出ると、抜けるような青空が広がっていた。


「おめでとう、リナ!新しい名前で、新しいランクで、冒険者としてのスタートだな!」


サイラスが嬉しそうに声をかける。その言葉に、胸の中で何かが温かく灯るのを感じた。


「ありがとう、サイラス。ここまで来られたのは、あなたのおかげよ。」


「いやいや、君が頑張ったからだろ?これからも一緒に頑張ろうな!」


彼の軽快な笑顔を見て、私は頷いた。この名前とともに、自分の力で新たな人生を切り開いていく――その意志を胸に刻んだ。


アルベルト家の執務室


その夜、アルベルト家の執務室では、父が机に向かい書類に目を通していた。その中には、リナ――かつてルナフィーネ・アルベルトとして登録されていた冒険者の記録も含まれていた。


彼の表情には感情の色はほとんど浮かばない。ただ静かにその内容を読み進める。


足元では、一匹の銀色の猫が丸くなっている。その美しい毛並みは月光に照らされ、青い瞳が淡く輝いていた。


「セリーナ、昨夜の行動は見過ごせない。分かっているのか?」


父が視線を上げると、執務室の隅から姉のセリーナが姿を現した。その瞳には怒りとも苛立ちとも取れる感情が宿っている。


「……申し訳ありません。けれど、あの子がアルベルトの名を捨てようとしているのを黙って見ていられるほど、私は甘くありません。」


「甘くないのはいい。だが、お前の行動は計画を狂わせるだけだ。」


父は静かにため息をついた。


「リナ――いや、ルナフィーネの血は、アルベルト家にとって重要なものだ。それを無駄にすることは許されない。」


「……!」


セリーナは悔しそうに歯を食いしばり、父を睨むように見つめる。


「お前の干渉は、かえって彼女を遠ざけるだけだ。今は静観しろ。それ以上の行動は許さない。」


その言葉に、足元の猫が短く喉を鳴らした。まるで父の判断に同意するかのように。セリーナは猫を一瞥し、目を伏せて執務室を去った。


再び静寂が戻る中、父は目を閉じて一つ息を吐いた。


「リナ……いや、ルナフィーネ。この先、お前が歩む道がどれほど険しいか、いずれ気づくだろう。」


足元の猫は静かに目を閉じ、再び丸くなった。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ