珈琲
あれから私は逃げ込むように幼馴染のもとに駆け込んだ。
匿ってほしいとか助けてほしいとかではなく、
ただ落ち着きたかった。
それだけなのかもしれない。
今日はうるさい目覚ましが鳴く前に起きた。
『まだ目覚ましも寝てる時間かしら』
真っ白な布団は赤く、aka虎は青白くなっていた。
剣鉈を握りしめたまま固まっている右手をゆっくりと引き剥がし身体中にこびり付いた赤を洗い流した。
そしてその場を後にする。
『.............。』
うっすら見える日の光とサイレンの音を背にし暗闇に紛れた。
人とすれ違うと鼓動が早くなった。
心臓の音が誰かに聞こえてしまわぬよう両手で胸を抑え歩く。
些細な物音でさえ敏感になり、
すれ違う人間全ての視線が気になるようになった。
私は逃げるように幼馴染のもとに駆け込んだ。
『え、どうしたの急に!?取り敢えず入って』
みゆきは驚きながらも迎えてくれた。
(持つべきものは友か...)
『ありがとう』
『珈琲何入れる?』
『角砂糖6個』
『相変わらず甘党ね』
『苦いものしか口に入れてないから珈琲くらいは甘くしたいのよ』
みゆきは他愛の無い会話をしつつ珈琲を置き椅子に腰を下ろした。
『珈琲は好きよ、私の心の中を覗いてるみたいで落ち着くの...』
白い砂糖がドロドロに黒く染まって溶けていく様を見ながら今迄の事をみゆきに話した。
『...すぐ捕まるよ、今からでも遅くないから自首しなよ』
『まだ、お片付けの途中なの』
私は首を横に振った。
『普通の人はそういう事しないよ、正気じゃない』
みゆきは珈琲カップを握り締め真剣な顔で私の目を見つめた。
『普通って何よ...』
私は目を横に逸らした。
正論なんだろう、
きっとそれが当たり前で一般的な事なんだろう、分かってる。
『そんな事したって亡くなった渚君は喜ばないよ、そんな愛は歪んでる』
『..........。』
『行きなよ、私の珈琲が冷める前に』
『うん...』
何も言い返せないまま俯いた時に見えた珈琲カップの底には泥のように砂糖が溜まっていた。
『急に来てごめんね、ありがとう』
私はその場を後にした。
私が逝く先はきっと彼とは違う場所だろう。
やり場の無い怒りと憎しみをただぶつける為だけに動く私を見たら彼は責めるだろうか、
赦してほしいなんて言わないし言えない。
自分に言い聞かせるようにただ一言呟き人混みに紛れた。
『まだ、終われない』
人混みに紛れて私は帽子を深く被った。
次の行き先は...
『そうね、景色が良い場所にしようかしら』