割れ鍋に閉じ蓋なんてかわいいもんじゃない
美しさをさらに際立たせるように着飾ったアレクサンドラの元に1人の男が訪れた。
薄茶色の髪を束ねて流す美丈夫だ。強い権力を持つ公爵家の令息であり、アレクサンドラの婚約者ジョナサン・レナード。
彼はアレクサンドラの姿を見てうっそりと微笑んだ。
「ああ、麗しの我が君。とても美しいよ」
「当然でしょう。その程度の言葉しか出てこないのかしら」
「ふふ、あなたの美しさを完璧に表す言葉は存在しないんだ、どうか許しておくれ」
「軽い言葉が宙に舞ってるわね。散らかるからやめてくれない?」
「僕は絶対にあなたに嘘をつかない。連れないあなたも魅力的だが、今は婚約者として君をエスコートする栄誉をいただきたい」
「せいぜい私の引き立て役として働きなさい」
アレクサンドラの細く柔らかい手がジョナサンの手に重なる。ジョナサンはその手の弱さと恐ろしさに笑みが浮かぶのを抑え、うやうやしくアレクサンドラをエスコートする。
エスコートされるアレクサンドラはふと過去を振り返った。ジョナサンと出会ったのは5年前、16歳の時。
彼は人当たりも良く頭脳明晰、貴族としての務めも果たす、完璧を体現したかのような少年だった。年頃の令嬢令息が集う茶会で、人に囲まれジョナサンは楽しそうにそつなく振る舞っていた。
それを見てアレクサンドラは話をしたこともないジョナサンを婚約者に指名した。王族の命令でもあるこの婚約はジョナサンに拒否権はない。
婚約者として初めて対面したジョナサンの瞳を見てアレクサンドラは確信を深めた。
ーーーやはりね。私のことすら見下しているわ、この男。
アレクサンドラは気づいていた。完璧なジョナサンの瞳の奥にある退屈と、自分以外の他者を見下す冷たさに。
「アレクサンドラ殿下、この度は婚約者となる栄誉をいただきありがたき幸せ。あなたを愛し、あなたにふさわしい伴侶となれるよう精進いたします。」
「嘘つき」
婚約者となって初めての顔合わせ。王宮の庭園に用意された席で2人は向き合っていた。
見える範囲にアレクサンドラの従者は控えているが、声は届かない距離を保っている。
ジョナサンの婚約者としての完璧なセリフをアレクサンドラはピシャリと叩き落とした。
ジョナサンはそんな彼女の言葉に動揺一つ見せず恭しく言葉を重ねようとする。
「手厳しいですね、殿下。僕はヴィヨレ王家に忠誠を捧げ、」
「お黙り。つまらない戯言に付き合うほど暇じゃないのよ。嘘も茶番もいらないわ」
「・・・では、殿下は僕に何をお望みで?」
婚約者に指名しておきながら攻撃的な態度をとる王女にジョナサンはついに問い返した。
ーーー貴族なんて嘘と茶番しかない。少し考えるだけでいくらでも金は手に入り、生きることに困らない。ただただ意味のない騙し合いをして人生を消費するしかできないくだらない生き物だ。
問いにジョナサンの本音が滲んでいる。
その時アレクサンドラの口角が美しく上がり、視線がジョナサンを貫いた。
「私があなたに求めることはひとつ。私と共に地獄へ落ちなさい」
「・・・は」
「タダでとは言わないわ。あなたが私の隣にいる間、私があなたの退屈を殺してあげる。」
ジョナサンはアレクサンドラの言葉が紡がれる唇から目が離せない。
「退屈でしょう、生きがいもなく死にがいもない命を消費する人生は。だから私が与えてあげる。」
ジョナサンは己の心拍が急激に上がっていくのを感じる。全てを見透かすアレクサンドラの瞳を前に、彼は生まれてはじめて命の高揚を感じていた。
アレクサンドラは立ち上がり、汚れも痛みも知らない白く細い手を差し出した。
「あなたは私と死ぬために生まれてきたのよ」
ジョナサンはその手に引き寄せられるように跪き、命を捧げるかのように唇を寄せた。




