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アレクサンドラ王女の噂


ヴィヨレ王国は大陸に近くに浮かぶ島国である。1年を通して天候は比較的穏やかで、島国特有の特産品や高い技術を持つ職人たちの作品を輸出し、大陸の大国と張り合うような経済力を誇る。

ヴィヨレ王国を支配する王族の歴史は長く、遠い昔にこの島を見つけ、国をいちから建てた一族がヴィヨレという一族だ。現代も王族として君臨している。


しかし、この国の栄華の時代は過ぎ去ったと人の口は言う。毎年、干ばつや冷夏を繰り返し、年々作物の収穫は減っている。大陸では戦争が勃発しており、貿易どころではなく、食料の調達も難しくなっている。貧しい者は飢え、経済は停滞し、職を失った者が王都に流れ込むが仕事はなく浮浪となり治安は悪化していく。

王室の管轄にある金貸しは金貸しは困窮した者に金を貸し、一年後に利子をつけて返せと迫る。食べ物を買うことすらままならなかった者が一年後に高利子とともに返済できるわけがない。農民はさっさと畑を捨てて王都に働き口を求めるが、この混沌の時代に職に就けるものはわずかで、飢え死にした死体が王都の片隅に増えていく。


それでも王室、貴族の生活は依然変わらず豪勢を極め、庶民の反感を買っている。時折、暴徒が町で暴れるが国の兵がその都度鎮圧し、首謀者をさらし首にしている。


混沌の時代の渦の中、悪名高い王女がいた。

彼女の名はアレクサンドラ・ヴィヨレ王女。


ーーー奴隷を買い占めているらしいぞ。


ーーーすぐに癇癪を起して侍女や使用人を辞めさせているのよ。


ーーーお金を湯水のように使って買い物三昧だ。国民が税に苦しめられているのがわかってないのか。


ーーーしかも道楽好きだそうだ。宴や茶会ばかり開いて旅芸人とか劇団とか王城にまで呼び寄せているぞ。


人々は恐れと侮蔑を込めて彼女を噂する。


今日もアレクサンドラ王女の美しく、冷徹な声が人を切りつけていた。


「わたくしが今更そんな石ころに興味があると思って?」


つり目の中からアメジストの瞳が国宝級の大粒の宝石を一瞥すると冷たく吐き捨てた。

王族は買い物へは行かない。商売をする人間と商品を王宮まで呼び寄せるのだ。連日、アレクサンドラ王女の元には商人が最高級品を持って、その権威と金を受け取ろうと媚へつらう。

王女の冷たい声に切り捨てらられ、商人は王族の威圧感と不興を買った恐怖に顔を真っ白にさせて震えながら、しどろもどろに言葉をつむぐ。


「こ、こちらは、めったに、手に入れるどころか、目にすることもかなわない、逸品、でして、」


「その程度のもの、わたくしはとうに手に入れているわ。つまらないわね、出ていきなさい」


「そ、そんな!」


商人は王女の護衛に引きずられるようにして退室させられた。

王族のお目にかからなかった商人は貴族にも相手にされなくなる。このご時世に商売あがったりだ。


「今日はもういいわ。どういつもこいつもつまらないものばかり持ってきて、腹が立つわね」


「かしこまりました。では、リラックス効果のあるお茶をご用意いたします。おくつろぎくださいませ」


年嵩の侍女がいら立つアレクサンドラに臆することなく返答し、さっさとお茶の準備を始める。

アレクサンドラが天井の片隅を見上げてうなずくと、カタンとひとつ音がして人の気配が去っていく。


「影は奴らの本拠地をつかめるでしょうか?」


気弱そうな顔立ちをした小柄な侍女がお茶を差し出しながら、不安そうにアレクサンドラの顔をうかがう。さきほどの商人は奴隷商のなかでもタチの悪いな連中とつるんでいると噂がある。アレクサンドラはふっと笑い、その侍女の額を小突いた。


「そのための影よ。私の命を遂行することがあの者の役目。追い詰められたあの商人は本拠地に助けを求めに行くわ。そこをつかめば後はこちらのものよ。侍女であるあなたも自分の役目を徹することに集中なさい。仕事中に管轄外の心配をするものではなくてよ」


「はい、申し訳ありません」


「困窮し荒れる時代に、弱き者が食い物にされるのは自然の摂理なのかもしれない。けれど、力を持つわたくしなら摂理とやらに逆らえる。うふふふ、楽しいわね、人間という自然に逆らうのを好む愚かな生き物として采配を振るえるのは」


鋭さを感じさせるほどに美しい王女の顔が愉悦にゆがむ様子は、周囲の者に恐れを与えた。

小さな侍女は思わず肩を縮こまらせ、年嵩の侍女はため息をつく。


「殿下、ユリが怖がっております」


「なら、外の仕事をさせればいいでしょう。わたくしの言動に口出ししないでちょうだい」


「わ、わたしは殿下のお傍で働きたいです、どうかこのままでっ」


「殿下、すぐに人を突き放そうとするのは悪い癖だと申しておりましょう。ユリ、殿下の戯言は放っておいて追加のお茶菓子の準備をして」


「はい!」


「ちょっと、侍女が生意気よ」


「アレクサンドラ殿下の一番傍に使える侍女はこのくらい生意気でないと務まりません」


「言ってくれるわね」


アレクサンドラはやれやれと言わんばかりに肩をすくめて、窓の外に目を移す。

大金をかけて華やかに整備された庭園が見える。アレクサンドラは物憂げにその景色を眺めた。



ーーーこの時代に引導を渡さねば。



アレクサンドラは部屋の机で仕事をしていた王女付きの秘書官に声だけ向けた。


「今夜の宴の準備は問題ないでしょうね」


「はい、もちろん。万事準備できております」


「失敗したらその首はただじゃおかないわよ」


「心得ております」



今夜は王城でアレクサンドラ主催の宴が開催される。

ヴィヨレ王国内、大陸諸国の旅芸人や商人が集う宴だ。今宵も王城は賑わうことだろう。





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