#08
「それでは柊木さんの方もご存知の方はおられなかったのですね」
翌日、二人は調査結果を報告し合っていた。
ミドリはあの後、他の三年生にも一応話を聞いてみたが、誰も知らなかった。
ユカリの方も知っている人はいなかったため、生徒ではない可能性が高まってきていた。
「一体何者なんだろうね」
「もう少し様子をみましょう」
「……そうだね」
放課後、ミドリは観察対象である藤井睦月が中庭へ向かうのを見た。
「柊木さんは先に行っておいてください」
一緒にいたユカリは気づいていないようだったので、ミドリは一人で近づいてみることにした。
「……藤井さん、ですよね?」
「だったら何?なんかジロジロ見てくるし、気味悪いんだけど」
ミドリが彼女に声をかけると、彼女は不快感をあらわにした。
「それは失礼しました。ただ、本当に、そうですか?」
「……へえ。なんでわかったの?」
昨日今日と見てきて、ミドリはあることに気づいた。
それは、きっと自分にしかわからないもので、わかりたくないことだった。
「やはりそうでしたか。……あなたは藤井さんになろうとしているのでしょう?」
ミドリは今話している相手がムツキではなく、ムツキに寄生しているシミラであると気づいていた。
なぜわかったのかはよくわかっていなかったが、わからない方がいいと思った。
「……そうだよ。返してほしいならムツキを説得してみろ」
「ええ」
ミドリは音楽プレイヤーを取り出すと、昨日、気づいたときから書き始めた曲を流した。
まだ未完成だったが少しは効果があったらしい。
それを聞いたシミラは後ずさりをしたが、ニヤリと笑うと、言葉を発した。
「あんたもこっち側なんだろう?」
ミドリはその言葉の意味を理解できなかったが、よからぬことだろう、と聞かなかったことにした。
「三枝さん?」
突然名前を呼ばれて振り返ると、中庭の入口にユカリが立っていた。
「ふうん、お友達か。今日のところは勘弁しといてやるよ」
ムツキの姿をしたシミラは捨て台詞を吐いて去っていってしまった。
「何があったの?」
「すみません」
ミドリはユカリの質問には答えず、そのまま音楽室とは反対の方向へ歩いて行ってしまった。
その方向には校門があるので、部活には行かないのだろうか、とユカリは思った。
学校を出たミドリは部活のグループチャットに欠席の連絡を入れていた。
自分の曲が、シミラに何らかの影響を与えるのであれば、きっと完成させることに意味があるのだろう。
「……早急に完成させなければ」
そう呟くと、ミドリは先を急いだ。
――――
――
その日のミドリはぼんやりしていた。話しかけても反応が鈍いし、かと思えば一心不乱にノートに書き込みだす。
昨日も様子がおかしかったが、今日は気のせいでは済ませられなかった。
「三枝さんっ!」
ユカリが気づいたときにはもう遅かった。
大きな物音がしたかと思えば、ミドリは床に倒れ込んでしまっていた。
ミドリが気がつくと、そこは保健室にだった。どうやら倒れてしまったらしい。
「……書かなければ」
こんなところで油を売っている場合ではない。
できるだけ早く完成させて、彼女を説得しなければならないのだ。
「……大丈夫?」
ユカリが心配そうに声をかけてきた。
「問題ありません。それよりも、今は……」
「さっきホームルームが終わったとこ」
「そうですか」
記憶では、先程までは四限終わりの休憩時間だったはずなので、一、二時間程経っている計算になる。
「最後に寝たのはいつ?」
「……二、三日前?」
「えっ」
ミドリはポケットから取り出したピルケースから錠剤を出すと、ラムネのように噛み砕き、飲み下した。
「……それは?」
ユカリは苦虫を噛み潰したような顔をして言った。
「サプリメントです」
食事では賄い切れない栄養素を補給するために飲むものだが、ミドリは食事そのものとして摂取していた。
食べている実感は薄いが、あの美味しくないクッキーよりはましだと思っている。
「……やめにしようか」
「え?」
「そんな無理をするやつとは一緒にはいられない」
そう言い放つと、ユカリは保健室から飛び出していった。