#07
「見てください」
連休明けの昼休憩。ミドリとユカリはいつものように、中庭に来ていた。
ユカリは、今日話すと言われていた次回作の構想が気になっていた。
しびれを切らして尋ねてみると、ミドリは立ち上がりながら眼鏡を外し、両手を大きく広げてこう言ったのだった。
その視線の先を見てみるが、そこにはすっかり花が散り、青葉が茂る桜の木しかない。
意図が読めないが、ミドリに習って、ユカリも眼鏡を外してみた。
「え?」
そこには、あの日のように花弁が舞う桜の木があった。
あの日と違うのは、今が五月であるということだろうか。
「先日の虫の件で気づいたんですよね」
ユカリが目を離せないでいると、ミドリは話を続けた。
ユカリはミドリの言うその件に心当たりがあった。
「あれ、やっぱり三枝さんだったんだ」
「はい。おそらくは」
「あれってどうやったの?」
先日、ミドリがユカリに付いてきていたシミラを消した。
ユカリははっきりと姿を見た訳ではなかったが、なんとなく思っていたことが事実だとわかり、複雑な気持ちになった。
そして、せっかくなので方法を伝授してもらおうと考えた。
「危険だから伝えるな、と言われたのでお話しできません」
「ええ、僕だけ知らないの?教えてよ」
なぜかはわからないが、教えてはもらえないらしい。
ユカリは、ミドリが最初に自分ではなくトオルに話したことになぜかモヤモヤした。
「すみません。それで、どうでしょうか」
「……しばらく考えさせて」
「わかりました」
あの桜はただの桜ではなさそうだ。最初に見たときにも思ったが、ユカリは改めてそう思った。
短時間のうちに与えられた情報が多く、気持ちが追いつかなかったため、ユカリは昨日のミドリのように猶予をもらうことにした。
『お疲れ様。今日休みの人はいた?』
ユカリが部活終わりにスマホを確認すると、トオルから連絡が来ていた。
あまり気にしてはいなかったが、そう言えば一人いた気がする。
『はい』
ユカリは返信を送ると、スマホをしまい、ちょうど青になっていた信号を渡った。
彼女の名前は確か――藤井さん、だったか。彼女がどうかしたのだろうか。
ユカリは不思議に思った。
夕食後、授業の復習をしていると、スマホが鳴った。
『その子のこと、見ていてあげて』
通知を確認すると、トオルからだった。先程の返信のようだ。
そんなことを言われても、ユカリは彼女とは親しくない。
ユカリは明日ミドリに聞いてみることにした。
――――
――
「っていうことがあって」
翌日の昼休憩、ユカリは昨日の出来事を話していた。
「わたくしのところにも来ていましたよ」
「でも別におかしな様子はなかったよね」
「まあ、わたくしたちは彼女のことをよく知りませんので」
あの後も何度かよくわからないお願いをされてきたが、今回は特に意味がわからなかった。
「……毎回指令は聞いてきたけど、本当に信用していいのかな?」
「急にどうしたんですか」
「……あの人って、本当にこの学校の人?」
何をしようとしているのかわからない。そもそも何者なのかもわからない。
今までそんな人を信用してやってきたが、急に気になってしまった。
「……なぜですか?」
「あれから校内で会ったことないから」
「……確かにそうですね。ですが、そんなこともあるでしょう」
「でも、僕らあの人のことよく知らないし」
「先輩に聞いてみましょう」
そうすればはっきりするはずだ。ミドリはそうはっきり言った。
「"あんみつ"先輩、ちょっといいですか?」
放課後、ミドリはこっそり部長に聞いてみた。
「どうしたの?」
「音無透という人をご存知ですか?」
「音無……透?本当にその名前で合ってる?」
似た名前の知り合いでもいたのだろうか。"あんみつ"はミドリに聞き返した。
「はい」
「……だったら知らないかなあ。知り合い?」
「そんなところです」
「役に立てなくてごめんね」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
もしかしたら他の人なら知っているかもしれないが、ミドリはなんとなく、誰も知らないのだろうな、と感じた。