#75
音無博士が時空の穴の中へ消えた。
呆然とするトオルにかける声もなく、皆立ち尽くしていた。
バラバラとヘリコプターの飛ぶ音が聞こえる。
開いた門からはあらゆる人が押しかけ、騒ぎになっている。
人の不幸を美味しく頂く世間にとって、自分たちは格好の獲物だろう。
ただ、今だけは自分たちだけの世界にいさせてくれ。そう、誰もが思った。
与えられた真実はひどく重く、我々を圧し潰さんとする。
そして、自分たちがこれまでに感じてきた苦悩のひとつひとつに納得した。
「おやすみなさい」
ミドリが呟くと、人々の動きが一瞬止まり、また動き出した。
人々はばらけ、ヘリコプターはどこかへと帰っていく。
それを合図に全員の視線がミドリに向いた。
何をした。
もはや常人とは見られなくなっていたミドリに対して、それは妥当な感想だったのだろうか。
今となっては知ることはできない。
ミドリは、いつからかできるようになっていた自然な微笑みを湛え、口を開いた。
「何も怖いことはありません。ただ、よき夢を見ているだけ。皆さんもいかがですか?」
ミドリが意味もなくこんなことをするはずはない。
一同は底知れぬ恐怖を感じた。
――――
――
いつからだろう。
これほど強い破滅願望を抱くようになったのは。
皆と出会い、共に過ごしていく中で心というものを知った。
それは、ひどく辛く苦しく、そして暖かかった。
自分が人間ではないことを理解したのはつい最近のことだ。
文化祭とおとのわを経て、その意識を確固たるものにした自分は、あることに気付いた。
自分がシミラであるならば、本来の宿主の意識はどこにあるのだろうか。
きっとそれは、自分をこのような歪な存在にしたのは、シキサイが持つ可能性に気付いた音無博士たちなのだろう。
自分ひとりが消えようと、第二第三の犠牲者が出ると言うのならば、そもそもの元凶であるシキサイとシミラをこの世界から消すしかない。
他のシミラたちも、自分たちが要らなくなることを望んでいた。
だから今、自分が世界を作り直そう。
――――
――
ミドリはどうやったのか、校内放送で音楽を流し始めた。
それは、屋上にいる自分たちにもはっきりとひとつの音楽として聞こえる。
きっと、世界中に聞こえているのだろう。
なんとなく、そう思う。
子守歌のように、鎮魂歌のように、やさしく響くその音色に、力が抜ける。
張り詰めた緊張が解け、深い眠りに誘われる。
それをなんとか耐えながら、ミドリの声を聞き続けていた。
授業のこと、部活のこと、創作のこと、シキサイのこと、シミラのこと。
まるで卒業式のようだと思ったところで、ああ、今日がその日だということに気付いた。
ひとりひとりに対して想いを連ねていくその声は、子供に絵本を読み聞かせているようで、どんどん眠くなっていく。
起きていなければ。そう思うのに、まぶたが開かなくなっていく。
~♪
曲が静かに終わる。
ユカリが最後に見たのは、月明かりに照らされて堕ちていく、深緑の翅だった。




