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#72

「ねえ、ユカリちゃん。仲間にならない?」


 狂ってしまった予定を正すように、ミユキが提案した。

 そのまなざしについ、乗ってしまいたくなる。


「正された世界なら、きっと幸せになれるよ」


 まるですべてを見透かすように説くその笑みは、どこか悲しそうに見えた。

 彼女も何か苦しみを抱えているのだろうか。


 けれど。


「……い、嫌。嫌だ」


 この誘いに乗ったらきっと後悔する。


 ……考えてもみろ。

 ここに倒れている仲間たちをやったのは紛れもなく彼女だ。


 たとえシミラに支配された世界が正しくても、これまでの想いをないものとして扱いたくはなかった。

 今まで遭遇してきた出来事を、それにまつわる人の想いを、無駄にはしたくなかった。


「この気持ちは捨てない」


 ユカリは正面にいる二人を見据え、はっきりと告げた。

 対峙する二人に、いや、自分に誓ったのだ。




「……っは」


 見ない振りをしていた苦痛が身体を打つ。

 痛い。痛い。どうしてこんな目に遭わなければならないのか。


 早くも気持ちは折れそうになるが、自分が折れては誰も救えない。

 耐えなければならないのに――


 誰かが、いや、皆が、硬い床に膝をつき、荒い呼吸をする自分を笑っている。

 その理由を理解する頃には随分時が経っており、すっかり人と違ってしまっていた。


「あ」


 不意に誰かに抱きしめられた。

 実際には誰もいないのだろうが、ユカリにはそう感じられた。


 それは奇妙であったが、不思議とユカリを安心させる。

 いつの間にか苦痛は和らぎ、なんでもできそうな感覚で満たされる。


『覆って』


 見知らぬ声に言われるがまま、見えない布を広げるように。

 正体のわからない物体を投げる。


 その直後、視界はペンキをぶちまけたように薄紫色に染まった。




「うう……」


 薄紫色の世界で、目を覚ました仲間たちが次々と起き上がる。


「どうして」


 その光景に愕然とする二人にユカリが言った。


「諦めるものか。泥水だろうが、シキサイだろうが、何だってすすってやる」


「だから君らも――」


 ユカリが何か言おうとした瞬間、視界が一瞬モノクロに変わり、すぐに元に戻った。




「寝てたっぽい」


 何かあったのかとこちらの様子をうかがう面々に空気が緩む。

 倒れる前とほぼ同じ様子の美術室は何事も伝えてはくれない。


「私は――」

「シミラに巻き込まれてたみたいだよ」

「えっ」


 カスミが本当のことを話そうとしたところにをユカリが被せる。

 結局この件は何の被害ももたらさなかったので不問にしたかったのだ。


「じゃあ、あの変な夢も?」

「シミラのせいじゃないかな」

「なら気にしなくてもいいか」

「それはそれでどうなんだ」


 目が覚めた三人は何やら和気あいあいと話している。

 何か変わった夢を見ていたようだが、ミユキとカスミにも心当たりはないようだ。




「なあ、あれ」


 ルカが向かいの校舎の屋上に人影を見つけた。

 それなりに離れている上、高さも違っているのでよく見えないが、確かに人のようだった。


「行ってみる?」


 アカリの提案に、二人を除いた全員が乗った。


「一緒にどう?」


 あまり乗り気ではない、というより、同行することに抵抗を感じている二人をユカリが誘う。


「行きたいか行きたくないかならどっち」


「行きたい」


 でも、だって、と行かなくてもいいためにあらゆる理由を探す二人にユカリは決断を迫った。


 そう問われれば行きたいと言うしかない。

 かくして、一同は美術室を後にした。

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