#06
「"くさもち"ちゃん」
ある日の放課後。ミドリは音楽室に向かう途中、誰かに呼びかけられた。
「おや、"きんとん"さん」
「ちょっといい?聞いてほしいことがあって」
「着いてから話しましょうよ」
そんな話をしているうちに、音楽室に着いた。
練習が始まるまで時間があったので、ミドリはアグリに話を聞くことにした。
「昨日インストールしてみたんだけど、音が出なくてね」
「メッセージを送ってくれてもよかったんですよ」
「今日会うしなーって」
「まあ、いいでしょう。それで、どうしたいのですか?」
アグリは音楽制作ソフトをインストールしたが、使い始めることすらできていないと言う。
しかし、ミドリも別に詳しい訳ではないため、空いている日に二人で調べながら試してみることにした。
――――
――
翌日。ミドリとアグリは、アグリの音楽制作ソフトが使えるようにするための通話をしていた。
「お」
「どうでしょうか……」
「おお……」
「"きんとん"さん?」
「音が……、鳴った!」
原因や対処法を調べ、試行錯誤をしていたところ、とうとう音を鳴らすことに成功した。
アグリはそのたった一音に揺さぶられた感情を表す言葉を知らなかった。
「よかったですね」
「ありがとう」
(この気持ちを表してみたいな)
できるかどうかはともかく、アグリは新たな目標を見つけた。
自分の感じた気持ちを表現したい。
その小さな想いが、世界を少しだけ変えることになるとは、まだ誰も知らない。
――――
――
日曜日、ユカリは隣野駅前まで来ていた。
スマホを確認し、周囲を見回すと、右側から自転車が走ってきた。
「すみません。少し遅れました」
「大丈夫。僕が早く着きすぎただけだから」
今日はミドリと二人で遊ぶことになっている。
誰か遊びに出かけることなどほとんどなかったため、ユカリは少し緊張していた。
「ちょっと早いけど、とりあえずお昼食べよか」
「一応調べてきたのですが、どこがいいですか?」
そう言ってミドリが見せたノートには近場にある様々な場所の情報が書き込まれていた。
「あ、ここ行ってみたかったんだ」
「では、このお店にしましょうか」
目的地が決まったので、二人は自転車を漕ぎだした。
残念ながら空は灰色だったが、頬を撫でる風は心地よかった。
「柊木さんは何にしますか?」
ミドリとユカリはファミレスに来ていた。ミドリのノートに書かれていた店だ。
有名なチェーン店だったが、ユカリだけでなく、実はミドリも来たことがなかった。
「三枝さんは?」
「わたくしは日替わりランチにします」
「僕もそうしようかな。何か付ける?」
「いえ、やめておきます」
「じゃあ店員さん呼ぶよ」
これを押せばいいのだろう、とユカリは机に置かれていたボタンを押した。
「そう言えば、次回作の構想とかあるの?」
ランチが届くのを待っているとき、ユカリが尋ねた。
「……明日お話しします」
「え?……わかった」
ミドリは決めている様子にもかかわらず、なぜか延期を申し出たため、ユカリは首をひねった。
食事を終え、カラオケ店に入った二人は、部屋に入り、席につくと、ほっと一息ついた。
じゃんけんで歌う順番を決めたところ、ユカリから歌うことになった。
「何歌おうかな」
「何を歌いますか?」
「じゃあ……。まずはこれから」
画面に映し出されたタイトルを確認し、ミドリも曲を選び始めた。
「いやあ、よく歌ったしよく喋ったね」
「そうですね……。声が……」
夕方になり、店から出ると、空はまだ明るかった。
二人は自転車に乗ると、また話し始めた。
「……また、どっか行こうよ」
「いいですね。調べておきます」
「……映画とかどう?夏頃に面白そうな映画が公開されるんだよね」
「なるほど。では、それを中心に計画を立てましょうか」
しばらく同じ方向に進み、ある交差点に差しかかったところで一旦止まった。
「ここでお別れですね」
「うん、また明日」
「では、また」
再び自転車を漕ぎ、家へと向かっていく。
後ろを見ると、別れた交差点が遠くに見えた。空は徐々に日が傾いてきている。
そんな景色を眺めて、彼女はふ、と息を吐いた。
「また、か……」
いつまで続くだろうか。そんな言葉をこぼし、彼女は再び自転車を走らせ始めた。