#62
悲鳴が聞こえる。
誰かの声に意識が覚醒する。
『この世界はシミラによって支配されるべきだ』
違う。ほとんどのシミラはそのようなことを望んではいない。
状況がわからないが、頭は霞がかかったようで、思考がまとまらない。
何も見えない。感覚がないので動けているのかすらわからない。
これがシキサイのない世界なのだろうか。
それならば、シミラは――人は、生きてはいけないというのに。
――――
――
到着すると、黒いローブの人物が何やら語っていた。
それを聞いているのかいないのか、通行人の活気はなかった。
ミドリとキミは三年F組の模擬店にいた。
他の生徒たちと同じく意思の感じられない様子をしているが、それが元来のものなのかは判別できない。
「皆無事か?」
問いかけると、キミは軽くうなずいたが、ミドリの反応はない。
『無駄だ。ここにいるのは意思のないシミラだけなのだから』
黒いローブの人物が高らかに唱える。
『シミラを内包しないお前たちは抹殺してやろう』
そう言うとシミラに乗っ取られた人々を操り、けしかけてきた。
そこへ黒いローブを着たアイカが黒いローブの集団を引き連れて現れた。
「カラスさん……どうしてこんなことするんですか!」
アイカが叫ぶ。集団もがやがやと野次を飛ばす。
『これこそが我々の望み。それに気付かずご苦労なことだ』
――――
――
声が聞こえる。
毎日のように聞いてきた、大切な存在の声。
『ミドリ。聞こえてるんやろ?』
かけられる声はひどく落ち着いている。
……自分のことを名前で呼んだのは初めてではないだろうか。
何も見えない。感覚がないので動けているのかすらわからない。
そんな世界で唯一音だけが聞こえている。
多くの者が傷ついている。
人も、シミラも、程度の差はあれど、ひどく苦しんでいるようだ。
それでも立ち向かおうとせん彼らのことを信じてみたい。
なぜなら、三枝緑は人を愛しているから。
――――
――
ミドリが意識を取り戻した。
模擬店のテントから道へ出ると、背丈程もある蝶の翅を広げ、黒いローブの人物、カラスを見据えて言った。
「我々を利用するのはやめてもらえませんかねえ。カラスさん?」
『本性を現したな、化物め』
「……化物で結構。あなたにはしばらく寝ていてもらいましょうか」
悪夢の中でね。
そう言うと同時に、雨が降ってきた。
雨に濡れた自分の手を見ると、それが大量のペンキだと気づいた。
それは、学校中に塗りたくられていた何とも言えない色を溶かし、イロドリのローブを色とりどりに染め上げていった。
もしかしたら、これが本来の色だったのかもしれない。
『そんなことをして何になると言うのだ』
相変わらず黒いままのローブを着たカラスは、ミドリに近づくと懐から取り出したナイフで突き刺した。
「意味のないことをして時間を稼ごうとする、実に人間らしいことですね」
ミドリは何も感じない、といった様子でカラスから距離をとると、胸に刺さったナイフを引き抜いた。
ぼたぼたと零れる血液が足元に水溜まりを作る。
それは彼女のシキサイと同様に緑色を示していた。
この状況がそう見せかけているのだろうが、不気味だ。
「あなたは我々のことを誤解されています」
そう告げると、ミドリはナイフを捨て、カラスにシキサイを投げつけた。
『これは……!』
意識を失い崩れ落ちるカラスを見届けると、ミドリはこちらへ振り向いた。
「すまない」
申し訳なさそうなその声を最後に、僕の意識は途絶えた。
気がつくと、この場所は元の文化祭に戻っていた。
ミドリとキミは模擬店で作業しているし、地面には濡れた形跡すらない。
何事もなかったかのようなその様子を眺めていると、ルカが近寄ってきた。
この件を話し合いたいと言う。
行方不明となっていた生徒は全員がその事実を知らないまま文化祭に参加していた。
アイカは目覚めてすぐにカラスを探したが、どこにもいなかったらしい。
これらのことを知る者はイロドリと自分たちだけ。
そんな自分たちしか知らない出来事を抱えながら、各々残り短い文化祭を過ごしたのだった。




