#03
翌日の放課後。二人は約束通り昨日の建物まで来ていた。
トオルは昨日とは違い、建物の玄関ホールで待っていた。
「二人には、自分の色を把握してもらおうか」
そう言って案内された部屋には、様々な形の鏡がいくつも置かれていた。
仕切りを挟んで姿見が二つ置かれており、部屋の隅には同じような姿見がまとまって置いてある。
トオルは二人に大量の紙切れを手渡しながら言った。
「色を作れるようになるのが手っ取り早いからね」
「何をするんですか?」
「自分の色をその紙に映すんだ」
トオルがそう言うと、持っていた紙に色が付いた。
それは、トオルのシキサイ同様、透明な虹の色をしていた。
「ペンも何もなしに色なんて付けれないよね」
「できると言われても方法がわかりませんからね」
「絵具で塗っちゃ駄目かな」
「それは駄目でしょう」
「そうだよね……」
ミドリとユカリはトオルの説明を受け、自分のシキサイを紙に映そうとしていた。
しかし、何の手がかりもない状態で始めたので、依然、手の中の紙は白いままだった。
(……え?)
「……こういうことですか?」
そう言ってミドリは灰色の紙をトオルに差し出した。なぜかはわからないが、色を付けられたのだ。
ミドリが見せた紙はミドリのシキサイの色ではなかったが、トオルはミドリを褒めた。
「いいよ。その調子」
初めは不可能だと思っていたが、しばらく続ければ、二人とも色を付けることはできるようになった。
しかし、紙に色を付けることはできても、自分のシキサイと同じ色にすることは難しく、なかなか上手くいかなかった。
「できた」
一時間程が経ち、先に声を上げたのは、普段から絵を描いていて、色彩感覚に優れていたユカリだった。
それからまもなく、遅くなるから、と帰宅を促されたため、二人はまた明後日に来ることを約束した。
そして、まだ合格していなかったミドリは一枚、合格したユカリは三枚、完成させた紙を持ってくることを命じられた。
そういう訳で、この日の作業通話は、シキサイを操る訓練に充てられることになった。
――――
――
「じゃあここで」
次の日、ミドリはユカリと別れて階段を上っていた。今日は入部式なので、合唱部へ入部届を届けるのだ。
音楽室のドアの前に立ったミドリは、一つ呼吸をして、ドアを開けた。
「失礼します」
アグリが音楽室に入ると、既に十数名の生徒が集まっており、何やら話し合っていた。
しかし、この中で新入部員はアグリの他には、もう一人の女子生徒であるミドリしかいなかった。
アグリが部長に入部届を渡すと、他の生徒が来る様子もなかったため、挨拶と自己紹介をすることになった。
「部長の"あんみつ"です。二人とも、来てくれてありがとう」
元々いた十人の部員は、全員ニックネームを付けられており、新入部員である二人にも命名するつもりだと言う。
理由は知らないが、代々和菓子の名前から名付けられているらしく、先輩たちは各々スマホで調べ始めた。
アグリも考えようと思ったが、その前に先輩たちの様子をじっと見ていたミドリに話しかけた。
「ミドリちゃん……だっけ?」
「はい」
「どんな名前になるのか楽しみだね」
「そうですね」
アグリは名乗りやすい名前がいいと思ったが、なぜか和菓子縛りをしているので、せめて美味しそうな名前であってほしいと思った。
「好きな和菓子ってある?」
「……季節ごとにお餅は食べていますね」
「そうなんだ。私はあんまり食べないなあ。……でも、あれは好きかな。クリーム大福」
「食べたことはありませんが、美味しそうですよね」
「意外とあんこと生クリームって合うんだよ」
「そうなんですね」
二人が話していると、先輩から声がかけられた。
三つずつ書き出された候補から選ぶらしい。
しばらく考えて、その中からミドリは"くさもち"、アグリは"きんとん"を選んだ。
命名されたところで、二人は二年生の"かりんとう"と共に、先に帰らされた。
まだ活動時間内であったが、今日は〇日目ということだろう。
一方、美術部には、四人の新入部員が入部していた。
「一年A組の十河美幸です」
「一年E組の富山友佳です」
「一年F組の如月瑠海です」
「同じく一年F組の柊木紫です」
自己紹介を終え、説明を聞いているとき、ユカリはあることに気づいた。
(あれは……!)
ユカリはユウカの背中に大きな虫がしがみついているのを見た。
大きいが、幼虫のように見える。先日目撃したクモと同じくシミラだろうか。
ユカリは明日トオルに伝えることにして、説明に集中し直した。
「どう?やっていけそう?」
駅で電車を待っていたアグリに、"かりんとう"が尋ねた。
一緒に帰ってきたはずのミドリは、偶然出会ったユカリの元へ行ってしまった。
「まだわからないですけど、楽しみです」
「……そらそうやね」
先輩は先輩で気まずいらしく、話す内容を考えこんでいるようだった。
アグリも気まずかったので質問をすることにした。
「月曜からってどんな活動をするんですか?」
「……多分楽譜を渡すと思うから、基礎練とそれかな」
「どんな曲なんですか?」
「テーマソング」
「テーマソング?」
「昔の先輩が作ったんだって」
「オリジナルってことですか?」
合唱部には顔も知らない先輩が作ったテーマソングがあり、代々受け継がれて来たという。
その話を聞いて、アグリは次の活動日が楽しみになった。
一通り話して戻ってきたミドリにも同じ話をしていると、電車が到着した。
「同級生が一人しかいないの辛くない?」
その夜、ミドリとユカリは例のごとく作業通話をしていた。
昨日とは違い、それぞれ曲や絵の制作を進めている。
「そうですね。二部合唱ができる限界ですからね」
「そういう問題じゃないって」
「ないよりはマシだと思いましょうよ」
「それはそうだけどさ……」
話題は新入部員がミドリを含めてたった二名しかいなかった合唱部に集中していた。
「そう言う美術部はどうなんですか?」
ミドリは話題を逸らすために、ユカリが所属することになった美術部へと振った。
「四人いるからそっちよりはマシだって」
「そこまで変わらないでしょう」
「いや二倍よ、二倍。大違いだって」
「そういうことにいておいて差し上げましょう」
美術部も合唱部程でないにしろ、そこまで部員が得られたわけでもなかった。
それでも活動はできるので、二人はあまり気にしないことにしている。
「ところで課題は終わったの?」
「終わりましたよ。まさかひらゆりさん、終わってないわけではありませんよね?」
「いや終わってるけどさ」
ミドリもユカリも、当然ではあるが、トオルに出された課題はしっかりと終わらせた上で制作をしていた。
明日の予定は午後からなので、二人は少し夜更かしをして制作を進めた。