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#02

 入学式から一夜明けたこの日は対面式だった。

 昨日入学したばかりの新入生たちは体育館に入場し、全校生徒が見守る中、在校生代表と新入生代表が言葉を送り合う。

 その在校生の列に、意味深に新入生たちを見つめる女子生徒がいた。




 昼休憩に入り、ミドリとユカリは中庭で昼食をとっていた。


「それクッキー?お腹空かない?」

「……ああ。栄養はあるので問題はありませんよ」

「そういう問題じゃないって」

「柊木さんはお弁当なんですね」

「そうだよ。……あげないからね?」

「要りませんよ」


 そんな他愛もない話をしていると、急にユカリがあっ、と声を上げた。


「もうちょっと描いたから見てみて」


 そう言ってユカリが差し出したスケッチブックには、昨日よりも描き込まれた桜の絵が描かれていた。

 それを見たミドリは、ポケットから音楽プレイヤーを取り出すと、ユカリに渡した。


「今晩も通話するでしょうに。……わたくしもとりあえずワンコーラス作ったので聴いてみてください」

「……早くない?」


 ユカリは音楽プレイヤーに巻かれて絡まったイヤホンを解き、曲を再生しようとした。


「よし、これで。……うわっ」


 そのとき、二人の目の前に大きな塊が飛んできた。

 それは、よく見ると灰色のクモのようだった。

 人の背丈程もある大きなクモを前に動けない二人に襲いかかろうとするクモ。

 そこへ、一人の女子生徒がほうきを構えて立ち塞がった。


「透明な、虹……?」


 二人は、女子生徒に色を見た。それは、数日前に見た不思議な虹と、よく似ていた。


 ~♪


 そのとき、ユカリが取り落とした音楽プレイヤーから曲が流れ出した。

 その音にひるんだクモの隙を突き、女子生徒がほうきで叩くと、クモは消えてしまった。

 女子生徒は地面に落ちた石を拾うと、すぐにその場を去った。


「なんだったんだ、今の……」

「……」

「それよりも、透明な虹って」


 ミドリは少し離れたところに転がっていた音楽プレイヤーを拾うと、思い詰めたように握りしめた。


「あ、ごめ――」

「――先日、見たんです。透明な虹を」


 確かにあの虹は透明な虹だった。


「……僕も見た。同じかも」

「あれから――」


 ~♪


 予鈴が鳴り、二人は慌てて途中だった昼食を片付けた。

 そして、午後からのクラブ紹介を聞くために体育館へ向かった。




「あのさ、お昼のことなんだけど」


 帰り道、最寄り駅に向かう道中でユカリが切り出した。


「虹を見てから、何かおかしなこととかなかった?」

「……ああ、ありましたよ」

「それって、何か見えてる、とか?」

「そうですね。むしろ見えていないと言いますか」


 ユカリの問いかけに、ミドリは何でもないことのように答えた。


「あれから、人が影のように見えるようになりました。……もう慣れましたが」

「同じだ……。僕も」


 ミドリもユカリも、透明な虹を見た翌日から、人が正しく見えなくなっていた。

 透明な虹が原因とは言い切れないが、二人ともそうに違いない、と思っていた。


「……そう言えば、まだ聴かせてもらってなかったな」

「そうですね」


 そう言いながら、ミドリはポケットから取り出した音楽プレイヤーをユカリに渡した。

 気がつくと、駅前に着いていた。すぐに電車が到着したので二人は急いで乗り込んだ。

 ユカリは、ミドリの最寄り駅に着くまで曲を聴き、ミドリはそれを眺めていた。




 帰り道、ミドリがスマホの通知を見ると、曲への感想が送られてきていた。


『優しいけど、怖い』


 その言葉が示す意味は、ミドリが一番理解していた。


「……埋めなければ、いけませんね」


 そう呟くと、ミドリはスマホをかごに投げ入れ、自転車のペダルを踏み込んだ。


――――

――


 翌日の昼休憩。ミドリとユカリは合唱部のランチタイムコンサートを見に、音楽室へ来ていた。

 少し来るのが早かったと思ったが、先客が一人いた。


「お二人も合唱部に入るんですか?」


 用意された椅子に座っていた先客の女子生徒が二人に話しかけた。


「わたくしは入部を予定していますが」

「僕は三枝さんの付き添いです」

「そうなんですね」


 ミドリとユカリの返答をにこやかに聞いていた女子生徒は、突然、あっ、と声を上げ、手を叩いた。


「私、八神(ヤガミ)亜久里(アグリ)って言います。一年A組です」

「一年F組の三枝緑と申します」

「同じくF組の柊木紫です」


 アグリが名前を名乗ったので、それに倣い、ミドリとユカリも名乗った。

 三人とも新入生だったらしい。


「同級生かあ。タメ口でもいいですか?堅っ苦しくて」

「いいよ」

「構いません。八神さんも合唱部に入部されるご予定なんですか?」


 ミドリはアグリの発言から、彼女も合唱部に入部するつもりなのだろうと考え、尋ねてみた。


「そうそう。それで、ユカリちゃんは何部に入るの?」

「僕は美術部」

「そうなんだ。この学校の美術部、結構ゆるいらしいよ」

「それは柊木さんとしてはどうなんですか?」

「……僕としては絵が描ければそれでいいかな」

「それなら大丈夫じゃないかな」


 アグリはミドリの問いかけに肯定し、まだ入部先を話していなかったユカリに質問を投げかけた。

 そして、アグリはクラスメイトとの会話で得ていた情報をユカリに提供した。

 そうこうしているうちに、開演時間になっていたようで、開始のアナウンスがあった。

 気がつくと、教室内だけでなく、廊下にも生徒たちが集まっている。




 コンサートが終わり、アグリは合唱部の先輩に用事があったようなので、ミドリとユカリは先に教室へ戻ることにした。


「ちょっといいかい?」


 音楽室から出て、教室に向かおうとしたとき、女子生徒が話しかけてきた。


「昨日会ったよね。覚えてるかな?」


 彼女は透明な虹色の女子生徒だった。

 昨日のことなので記憶に新しいが、二人は突然のことに反応できずにいた。


「何かあったらここに来なよ」


 そんな状態を知ってか知らずか、女子生徒はミドリに紙を手渡すと、その場から去っていった。




音無(オトナシ)(トオル)、ね」


 ユカリは虚空を見つめているミドリから紙を奪い取ると、空にかざして眺めてみた。

 それは名刺だった。名前の他には、市内のどこかの住所と携帯の電話番号が記されている。


「先程の方は、昨日の――」

「今日、空いてる?」

「……大丈夫です」


 行ってみよう、とユカリは提案した。




「本当に、ここで合っているのでしょうか」


 放課後、二人は門の前で立往生していた。奥には木々が生い茂っている。

 二人は名刺に書かれていた住所を訪れていた。


 ~♪


 うんうん唸っているミドリを横目に、ユカリがインターホンを押した。

 それからしばらくして、門が開いた。それを怪しみながら、二人は敷地内に入っていった。




 敷地内は思っていたよりも整備されており、二人は迷うことなく建物に到着することができた。

 道中、崩れかかった建物をいくつも目にしたが、その建物だけは古びてこそあれ、崩れている様子はなかった。

 ミドリがドアノブを回すと、鍵はかかっていなかったようで、錆びた音を立て、ドアが開いた。




 建物の内部は、会館のように、広い廊下にいくつものドアが並んでいた。薄暗く、人気がないのもあって、不気味だ。

 ミドリは、かつて来たことがあったかのように、迷うことなく進んでいくと、一つの部屋に入った。


「いらっしゃい。よく来たね」


 その部屋には先程の女子生徒がいた。

 女子生徒は眺めていたガラスの置物を近くの台に置くと、二人の方へ向き直り、声をかける。


「……音無さんですね?」

「そう、私は音無透。君たちの先輩かな」


 ミドリが確認すると、トオルは肯定した。


「ここに来たってことは、何か理由があるんだろう?」

「……ここは一体なんなんですか?」


 最初に質問を投げかけたのはユカリだった。

 怖いのか、ミドリの背後に隠れぎみになっている。


「ここは昔、研究施設だったらしくてね」


 何を研究していたのか、公にされることはなかったが、ろくでもない内容だったことには違いない、とトオルは続ける。


「あなたは何者なんですか?」

「虹見高校の三年生」

「そうではなくて、昨日の……」

「ああ、あれか。人の心の色を食べる害虫がいたから、駆除してたんだ」


 君たちにも見えているのだろう、とトオルは続ける。

 自分たちに見えているというそれが、何を指しているのか、二人はすぐに理解した。


「わたくしたちは、それを知るために来たんです」




「……知ってた方がいいかもね」


 そう言うと、トオルは棚からぬいぐるみを二つ持ってきて、二人に話し始めた。


「人の心の色を食べる虫がいてね。人の心の色、"シキサイ"はエネルギーみたいなものなんだけど、これを食べてしまうんだ」


 トオルは人型のぬいぐるみから取り出したボールを蝶のぬいぐるみに入れて説明する。


「その虫、"シミラ"にシキサイを食べられると心が弱ってしまう」

「治せるんですか?」

「さあ?どうだろうね」


 ユカリの問いかけを軽くはぐらかし、トオルはぬいぐるみを棚に片付けながら、他に聞きたいことはあるか、と二人に尋ねた。


「透明な虹ってわかりますか?」

「それは――。……わからないなあ」


 問われた質問に、トオルは答えられなかった。その色を持つ理由も、その色の持つ意味も、トオルは知らなかった。


「どうすれば見えなくなりますか?」

「慣れるしかないよ。練習すれば見えなくなるだろうね」


 そう言うと、トオルは袖をまくり、腕時計を見た。


「……今日はもう遅いからまた明日来てくれる?」


 そして、何かあったとき、すぐに連絡できるよう、トオルは二人と連絡先を交換した。




「もう怖くはありませんか?」


 その日の夜。いつものように作業通話をしていたとき、ミドリが尋ねた。

 昨日ユカリに言われたことを気にして、大急ぎで修正したのだ。


「大丈夫」


 その言葉を聞いてミドリは安心した。

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