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#01

 白い花弁の舞う中を、今日の主役たちが歩いている。

 今日は県立虹見(ニジミ)高校の入学式だ。新しい制服に身を包んだ新入生たちは、これからの生活への期待と不安を胸に、坂道を上っていく。

 新入生の一人、三枝(サエグサ)(ミドリ)は、顔も知らない彼らの騒々しい声を聞き流し、これからの生活から何を得られるのだろう、と考えながら、会場である体育館へと入っていった。




 式が終わり、新入生たちはそれぞれの教室で思い思いに待機していた。

 多くの生徒が歓談する中で、ミドリは部名の書かれたチラシを仕分けていた。教室に向かう道中で配られていたものだ。

 この高校では入学時の部活への入部が強制されている。しかし、ミドリは入学前から入部先を決めていたため、これらのチラシのほとんどは、運悪くもらえなかった生徒たちの手へと渡っていった。


 ミドリは手元に残った数枚のチラシをまとめながら、少しでもクラスメイトを把握しようと見渡した。その中で、ミドリは左隣の女子生徒が気にかかった。


「少し、いいですか?」


 ミドリが声をかけると、彼女は驚いて鉛筆を取り落とした。

 彼女は絵を描いていた。ミドリは彼女の腕の間から見えたその絵に既視感を覚えたが、すぐに首を横に振ると、拾った鉛筆を手渡しながら続けた。


「邪魔をしてすみません。ちょうど隣の席なのでお話を、と思いまして」

「え?ああ、えっと……。僕は柊木(ヒイラギ)(ユカリ)。よろしく」

「わたくしは三枝緑と申します。これから三年間よろしくお願いします」

「そんなかしこまらなくてもいいって」


 ユカリは、初対面とは言え、これから三年間付き合うことになるクラスメイトに対して敬語を使うミドリに指摘した。

 虹見高校は一学年につき六クラスずつあり、五クラスが普通科、残りの一クラス――ミドリたちのいるF組が理数科である。

 理数科には三年間クラス替えというものがないため、ほとんどのクラスメイトとは三年間付き合うことになる。


「つい癖で。……絵を描かれるのですね」

「あ……」

「ああ、いえ、別に何の問題も――」


 何か気に障ったのではないかと言葉を詰まらすユカリに対し、ミドリが釈明しようとした。

 しかし、間が悪いことに担任が入ってきてしまったので、会話は意図せず中断されてしまった。




「三枝さん、この後時間ある?」


 ホームルームが終わり、解散してからも、ほとんどの生徒は教室に残り、話を続けていた。

 その中で、ユカリは帰る準備をしていたミドリに話しかけた。


「え?……はい、大丈夫――」

「それなら、一緒に校内回らない?」




「そういえば、三枝さんは何部に入るの?」

「合唱部です。柊木さんは?」

「僕は美術部。……本当は演劇部に入りたかったんだけど」

「ああ、ありませんからね」


 二人は渡り廊下を渡り、特別教室棟に行くことにした。

 特別教室棟には合唱部の部室である音楽室や美術部の部室である美術室がある。




「見学?見ての通り練習中だけど、よかったら見てって」


 音楽室の前に着き、ミドリが扉を開けると、中では十人程の生徒が練習をしていた。

 練習の様子をしばらく見学し、二人は移動することにした。


「明後日ランチタイムコンサートをやるから、よかったら見に来てよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 音楽室を後にし、二人は美術室に向かった。




「あ!いらっしゃい!なんてないけど見てって!」


 見学者が来るとは思っていなかったのか、エプロンを付けた女子生徒が慌てて出迎える。

 一通り説明を聞いた後、ユカリは現部長だと言う彼女と話をすることにした。


「明日のクラブ紹介でも同じような説明はあると思う」


 話しているうちに落ち着いたらしく、凛と澄ましている彼女に見送られ、二人は美術室を後にした。




 ~♪


 二人が特別教室棟から中庭に出ようとしたとき、十二時のチャイムが鳴った。


「もう昼か。……この後どうしますか?」

「キリもいいし、今日はもう帰ろうかな」

「わたくしも帰ります」


 そう言いながら中庭に出たとき、二人は息を飲んだ。




「桜、か……」


 そこには桜の木があった。満開のようで、花弁が舞っている。

 二人にはそれが、ただの桜には見えなかった。


「「かいてみようかな」」

「「え?」」


 何の気もなしに漏らした言葉が重なったことに驚き、二人は顔を見合わせた。


「僕は絵を描こうと思ったんだけど」

「わたくしは曲を……」


 それぞれ発言の意図を説明する。そして、少しの間を空けて、ユカリが尋ねた。


「ねえ。聴かせてもらっても、いい?」




「好きだな」


 曲を聴き終えたユカリが呟いた。

 二人は次の電車を待つ間、駅の裏にあるロータリーで作品を見せ合っていた。


「優しさの中に痛みを感じる」

「……強い負の感情が読み取れます」


 一通り見終え、感想を述べ合っていたところ、ミドリの顔を見つめ、ユカリは首を捻った。


「……もしかして僕たち、会ったこと、ある?」

「え」

「……なんて、そんなわけないよね」


 ミドリがユカリに既視感を感じたのと同様に、ユカリもミドリに既視感を感じていた。

 同じ市に住んでいることから、会ったことはあるかもしれないが、二人はそれだけではないと感じていた。




「よかったら、一緒に作りませんか?」


 ユカリの絵に自分にはないものを見たミドリが提案したのは、共作という制作体制であった。

 突然の提案に驚いたユカリだったが、自身もぼんやりと考えていたことであったため、二つ返事で承諾した。


「どんな作品にする?」


 早速話し合おうとユカリが言い出したとき、ミドリは時計を見上げて首を横に振った。


「いえ、もうすぐ電車が来ますので」


 まもなく発車時刻ということで、二人は連絡先を交換し、改めて電話で話し合うことにした。




「こういうときってハンドルネームで呼んだ方がいいのかな?」


 その日の夜。約束通り、通話をしていたところ、ユカリが切り出した。

 クラスメイトとして話すときと活動者として話すときを切り替えるためにも、活動時に用いているハンドルネームで呼び合った方がいいのではないか、と考えたのだ。


「どちらでもいいのでは」

「じゃあハンドルネームで呼ぼう。えっと……。ささみさん。改めてよろしく」

「こちらこそよろしくお願いします。さて、ひらゆりさん。どんな作品にしましょうか」


 ミドリが否定も肯定もしなかったので、ユカリはハンドルネームで呼ぶことにした。

 それに合わせてミドリもハンドルネームで呼び、本題に進めた。


「とりあえず描いてみたから見てほしい」

「では、わたくしも打ち込んだ部分を送ります」


 二人はファイル共有サービスに用意したフォルダに互いの制作ファイルをアップロードし、共有した。




「……なるほど、こう来ましたか。完成が待ち遠しいですね」

「まだまだかかりそうだけど、期待して待っててよ」

「わかりました」

「じゃあ曲だけど、メロディだけじゃなんとも言えないね」

「そうですよね。もう少し作ったら、また見せましょう」

「わかった。楽しみにしてるね」


 今日制作を始めたばかりなので、ほとんど進んでいなかったが、こうして見せ合うことが思ったよりも楽しく、二人は毎日のように会うのに、通話で報告をすることにした。

 そうして二人は、日付が変わるまで通話をしながら、作業を進めていった。

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