第94話「ふたり」
あれからしばらく。
手当てを受けたエルザは、黒の街の住民達に見送られるのもそこそこに、ドロテアが運転する彼女の車のシートに腰掛けていた。
エルザの通信用魔具が音を立てる。
ローラン『エルザ様。こちらローランです。ヘルタースケルターは、五大組織による会合が開かれる、議事堂に墜落したようです。今のところ動きは見られません』
エルザ「ご苦労。今どこだい」
ローラン『議事堂の向かいの建物の屋上です。正面玄関を見張っています』
エルザ「引き続き監視を続けとくれ。動きがあったら逐一知らせな。移動するようなら通信を開いたまま追うんだよ」
ローラン『御意』
ローランからの通信が切れる。
エルザは、運転席に座るドロテアに声を掛けた。
エルザ「議事堂だ。頼むよ」
ドロテア「了解」
車が、ゆっくりと走り出す。
前を見ながら、ドロテアがエルザに話しかけた。
ドロテア「…エルザ。本当に1人で行くの?マルコシアスさんに暮雨さん、それにスマイル…さんだってあの場には…」
エルザ「どいつもこいつも、マトモに動ける状態じゃないよ。ま、あの中じゃ私が一番若いしね」
ドロテア「他にも居たじゃない。ヴィヴィアンさんとか、アドリエンヌさんとか…、今からでもセバスチャンさんを呼んでくれば…」
エルザ「まだ、街のあちらこちらでドライフラワー病罹患者が野放しになってる。ヘルタースケルターのとこの構成員だって、いくらか潜伏してるしね。街に被害を出さないのが最優先だよ」
ドロテア「…でも、だからって、…あなた1人が背負い込むことないじゃないの」
エルザ「…うん。正直、私だって荷が重いと感じるさ。でも、ここで踏ん張らないと、これから先、白薔薇の団が正義だの何だの言えなくなっちまうからねぇ。これまで、街は私を白薔薇の団の団長、そしてシュヴァリエ家当主でいさせてくれたんだ。応えなきゃね」
ドロテア「どうしてエルザなの…?他の人だって良いのに。荷が重いなら放り出して逃げちゃえば良いじゃない」
エルザ「あぁ。それも魅力的だねぇ…。何もかも忘れて、このままどっかに行っちまおうか」
ドロテア「…」
エルザ「…無理なのさ。あんたも私も。この街から逃げるなんて出来っこないんだよ」
ドロテア「っ…」
エルザ「あんたも私も、あんたの大切な人も、私の大切な人も。みんな、この街が大好きなのさ。ここで逃げても、きっと、この街を忘れられない。それにね」
ドロテア「…」
エルザ「逃げるなんて性に合わないさ」
ドロテア「分かってる。…そうよね。あんたはそうだった。昔っから、前に突き進む事しか頭に無いんだから」
エルザ「言ってくれるじゃないか。最近、上に飛ぶことと下に墜落することも覚えたんだけどねぇ」
ドロテア「ふふっ…。着いていく人の身にもなりなさいよ」
エルザ「鋭意、努力中さ」
車が、角を曲がる。
エルザ「すまないね。シートを汚しちまって」
ドロテア「ホントよ。貸しとくから、絶対返してよね」
エルザ「白薔薇の団宛てに請求書送っとくれ。色付けて返すよ」
ドロテア「楽しみにしとくわ。…ねぇ、全部、全部終わったら飲みましょうよ」
エルザ「いいねぇ…。しばらく仕事に追われるだろうから、大分後になりそうだけど」
ドロテア「そうね…。お互いにやる事は多いか…。はぁ〜あ。癒しが欲しいわ癒しが」
エルザ「全く。干物め」
ドロテア「誰か紹介しなさいよ。いるでしょ?若い子がいいな!」
エルザ「善処しとくよ」
車が、タイヤの跡をアスファルトに刻みながら走る。
議事堂は近い。




