第7話「アドリエンヌ」
マルグリット「連れてきましたっ!」
深夜のシュヴァリエ邸。
エルザの自室に、マルグリットの声が響く。
ローラン「エルザ様はお疲れだ。もう少し静かに…」
エルザ「いいよいいよ。ご苦労だったねマルグリット」
手をひらひらさせるエルザ。
そこへ、一人の女性が進み出る。
彼女は、メイド服に身を包んではいるが、立ち居振る舞いといい、雰囲気といい、およそメイドとはかけ離れた剣呑な空気を纏っていた。
彼女は、アドリエンヌである。
アドリエンヌ「なに?ボス」
ローラン「口の利き方に気を付けろアドリエンヌ」
アドリエンヌ「今はボスと話してるのよ。後で相手してあげるから引っ込んでなさいボーヤ」
ローラン「……っ」
エルザ「私の近侍をあまりイジメるんじゃないよ。それより、随分と遅かったじゃないか。何してたんだい?アドリエンヌ」
アドリエンヌ「何も」
エルザ「マルグリット?」
マルグリット「ひゃ、ひゃい!」
背筋を正して飛び上がるマルグリット。
マルグリット「えっと……」
マルグリットはアドリエンヌの方を伺うが、アドリエンヌに気にする様子はない。
マルグリット「た、多分…ポーカー…してました……」
タバコを取り出し咥えるアドリエンヌ。
それを見たエルザがワイングラスを軽く振ると、少量のワインがタバコの先端へと飛んでいき、濡らした。
エルザ「禁煙だよ」
アドリエンヌ「……」
タバコを口から離し、指で弾いてマルグリットの方へ飛ばすアドリエンヌ。
エルザ「次からは、呼んだらすぐに来てもらいたいねぇ」
アドリエンヌ「努力するわ。ボス」
ゾエとマルグリットが、カーペットに飛んだワインの染み抜きを始める。
エルザ「本題に入るよ。アドリエンヌ。お前にライムライト輸送隊を任せたい」
アドリエンヌ「……。どうしようかしら。確かに最近退屈はしてたけど」
ローラン「貴様…!」
エルザ「ローラン」
ローラン「…。はい。エルザ様」
エルザ「部屋から出てな」
ローラン「はい」
エルザに一礼すると、部屋を後にするローラン。
エルザ「今一番ホットな現場だと思うけどねぇ」
アドリエンヌ「あたしは、いつ始まるか分からないドンパチより近くの火事場がいいのよ。しばらくは黒の街にいたいの。面白そうだし」
エルザ「道中の護送、しかも帰りだけでいいんだよ。3日もあれば終わる。面倒を省くための補佐もつけようじゃないか」
アドリエンヌ「んー」
ちらりとセバスチャンの方を見るアドリエンヌ。
アドリエンヌ「補佐?とやらにセバスチャンをつけてくれるならいいわよ?」
エルザ「……セバス?」
セバスチャン「…屋敷にはヴィヴィアンもおりますし、特に支障はございません。エルザ様のご判断次第かと」
エルザ「…ま、不測の事態に備えるってのも悪くないかね。任せるよ。ヘルタースケルターの件はヴィヴィアンに引き継いでおきな」
セバスチャン「御意に」
アドリエンヌ「決まりね。じゃあ、セバスチャンと打ち合わせするから。これで」
エルザ「ああ。しっかり頼むよ」
アドリエンヌ「……誰に言ってるの?あたしがしくじったこと、ある?」
エルザ「ふ。一応ね。上に立つ者の義務って奴さ」
アドリエンヌ「そう。ならいいのよ」
セバスチャン「では、失礼致します」
エルザ「ああ」
部屋を後にするセバスチャンとアドリエンヌ。
エルザ「ハァ…。ゾエ」
ゾエ「はい。エルザ様」
エルザ「ローランを呼んできな」
ゾエ「直ちに」
エルザの手の中のワインボトルが、また、グラスに赤色を足して彩った。