第58話「10年前」
土砂降りの中、まだ19歳のエルザが、親友を今にも殺さんとする女に向かって、必死に制止の声を振り絞っていた。
過去のエルザ「やめて!死んじゃう!!ドロテアが死んじゃうよ!!」
過去のベアトリーチェ「殺すのよ!!あたしの思い通りにならないこいつが悪いの!!」
過去のドロテア「来ないで…!エルザ…!逃げて…!!」
10年前。
第48自治区。
ベアトリーチェの手には、二丁拳銃型の魔具、ブラッディ・メアリーが握られている。
そして、その銃口は、散々打ちのめされた様子のドロテアに向けられていた。
エルザが、ドロテアの前に飛び出す。
過去のエルザ「やめてッッ!!!」
過去のドロテア「エルザぁ…!!」
雨の降る街に、銃声が2発、鳴り響いた。
エルザが、ゆっくりと地面に倒れる。
その背中からは、鮮やかな血が流れ出していた。
過去のドロテア「やだ!…エルザ!!エルザ!!」
過去のベアトリーチェ「……」
過去のエルザ「う…、ぐ…っ…。大丈夫だから…ドロテア…。早く…、うあぁっ…」
過去のドロテア「いやぁ…!!いやぁ!!エルザ!!!」
ベアトリーチェが、エルザの前で、地面に膝をつけてしゃがみ込み、エルザの顔を下から覗き込む。
過去のベアトリーチェ「…あなた。すっごく可愛い顔するのね」
過去のエルザ「…うっ……」
過去のドロテア「…やめて!」
過去のベアトリーチェ「お前はどいてろ」
過去のドロテア「あうっ…!」
ベアトリーチェに押しのけられ、石畳に倒れ込むドロテア。
過去のエルザ「…ドロテア……」
ドロテアの元に這って行こうとするエルザ。
過去のベアトリーチェ「…ねぇ。そんなにあの娘が大事なの?」
気味が悪いほどの猫なで声でエルザに話し掛けるベアトリーチェ。
エルザが、辛そうに顔を歪めながら首を縦に振る。
過去のベアトリーチェ「そう…。うふふ…。うふふはは…。じゃあ、あの娘を助けてあげるって言ったら、あなた、あたしの物になる?」
ベアトリーチェが、銃身をエルザの顎に当て、エルザの顔を上に向かせる。
吐息が掛かるほどの距離でベアトリーチェが言った。
過去のベアトリーチェ「あたしの物になって。あたしの言うこと、何でも聞いて、あたしの事だけ考えて?ねぇ。エルザって言うんでしょ?あたし、あなたが好きよ…。恋をしちゃったみたい。ふふ…。ねぇ、あたしの物になってよ」
エルザが、揺れる瞳にベアトリーチェを写しながら、頷く。
過去のドロテア「エルザ…駄目っ…」
ベアトリーチェが、拳銃を持ったままの両手でエルザの頬を挟み、唇を奪う。
エルザは、なされるがままにしていた。
過去のベアトリーチェ「っはぁ…。甘い…。んふふふふふ…。ねぇ、もっと、続きしましょ?あなたはあたしの物よ。トリィって呼んで…?ねぇ」
過去のエルザ「…ト…リィ…」
過去のベアトリーチェ「あはっ…。可愛いー。じゃあ、行きましょ」
エルザを抱き締めるようにして起こし、その場から立ち去ろうとするベアトリーチェ。
ドロテアが、手を伸ばした。
過去のドロテア「駄目…!!待って…!!」
過去のベアトリーチェ「追ってきたら殺すわ」
ドロテアの手が力なく落ちた。
2人の足音が遠ざかっていく。
過去のドロテア「…エルザ……」
ドロテアの呟きを聞いていたのは、雨だけだった。




