第56話「無責任な強者論」
シュヴァリエ邸、エルザの執務室。
エルザやローランは出払っており、アドリエンヌが、リトル・トラジティの見張り役を務めていた。
アドリエンヌは煙草をくゆらせながら、自身の魔具、スカルシュレッダーの手入れをしている。
ふいに、リトル・トラジティが膝に顔を埋めたまま、アドリエンヌに声をかけた。
リトル・トラジティ「…煙草くせーんだよ。くそババア」
アドリエンヌ「あらそう。ご愁傷さま。ちなみにこっちは小便臭いうえに乳臭くて辛気臭いわ」
また、黙りこくるリトル・トラジティ。
しかし今度は、アドリエンヌの方が話しかけた。
アドリエンヌ「何をそんなに塞ぎ込んでるのよ。まだ生きてるんだからそれでいいじゃない」
リトル・トラジティ「ふざけんなよ…。死んだも同然だ」
アドリエンヌ「どこが?」
リトル・トラジティ「見て分かんねーのかよ。…アタシは見捨てられたんだ。頼る相手も身を寄せる場所も無しに生きていけるかよ」
アドリエンヌ「なに?一人じゃ生きていけないワケ?贅沢なのね」
リトル・トラジティ「一人で生きてるやつなんている訳ねーだろ。…みんな、誰かを利用するか利用されるかして生きてんだよ」
アドリエンヌ「一理あるわね。弱い人は皆、そうやって生きてるわ」
リトル・トラジティ「…は?」
リトル・トラジティが目だけを腕の隙間から覗かせる。
アドリエンヌ「弱い人ほど他人がどうとか言いたがるでしょ。違う?」
リトル・トラジティ「じゃあお前は一人で生きてんのかよ。強いのかよ」
アドリエンヌ「一人で生きてる訳じゃ無いけど、生きていけるわ。あと強いわよー」
リトル・トラジティ「……何だよそれ」
リトル・トラジティがまた、膝を抱えて蹲る姿勢に戻る。
リトル・トラジティ「……。どうやったら強くなれんだよ」
アドリエンヌ「まずは弱さを受け入れることじゃない?」
リトル・トラジティ「無理に決まってんだろ。…虚勢でも張って身を守らねーとどうにもなんねーだろ。強くなる前に潰されんだろ。アンタは恵まれてるから分かんねーんだよ」
アドリエンヌ「そうね。恵まれたのも強さの内。結局、この世には覆すことの出来ない弱者と強者の隔たりってのがあるのよ。運が無かったわね」
リトル・トラジティ「んだよ…。…ふざけんな。…理不尽だ、ちくしょう」
アドリエンヌ「知らなかったの?この世界は理不尽よ。嫌だったら何とか足掻くしか無いわ。足掻いても報われるかは結局運だけど。所詮、人生なんて自分をチップにしたギャンブル。ま、自分を受け入れれば席につくくらいは出来るから、やるだけやってみたら?」
リトル・トラジティ「無責任すぎんだろ」
アドリエンヌ「アナタが決めることだもの。アタシにはなんの責任もないわ。強者の特権ね」
リトル・トラジティ「不公平だ。…不平等だ。腐ってるよ。間違ってる」
アドリエンヌ「悲しいわねー。ま、不平等な以上、どちらかの側に収まるしか無いわ。自分の望む側に収まりたいのなら、全てつぎ込んでサイコロを振るしかない。ま、泣き言言ってる余裕があるなら、多少負けが込んでも大丈夫よ」
リトル・トラジティ「……うるせー」
ふいに、蹲っていたリトル・トラジティが、部屋の外を騒がしく行き来する足音に気付き、顔を上げる。
リトル・トラジティ「何だよおい」
アドリエンヌが答えた。
アドリエンヌ「さぁ?でも楽しくなりそうなのは間違いないわね」
アドリエンヌが、手入れ用の布を仕舞うと立ち上がる。
スカルシュレッダーを肩に担ぐと、リトル・トラジティの目の前にグローブ型の魔具を放った。
リトル・トラジティ「…これ!」
アドリエンヌ「どうするか、自分で決めなさい。アタシに殴り掛かるのはオススメしないけどね」
紫煙を立ち昇らせながら、ブーツの音を響かせて廊下に出ていくアドリエンヌ。
リトル・トラジティは、自身の魔具を見て一瞬迷う、が。
すぐに立ち上がった。
リトル・トラジティ「待てよ!着いてく!」
リトル・トラジティ(小さな悲劇)ーー
それは、誰にとっての悲劇になるのか。




