第5話「エルザの私室にて」
湯上がりのエルザ。
彼女は、白いリネンシャツと黒いフレアパンツに身を包み、革張りの肘掛け椅子とベルベットの足置きに体を預けている。
ゾエとマルグリットも、その後ろに控えている。
エルザが、ベルを鳴らすと、ノックの音と共に、銀のトレーにデキャンタとグラスを乗せたローランが現れ、エルザに声を掛けた。
ローラン「ライトボディの赤です」
エルザ「ご苦労。さて、セバス」
セバスチャン「ここに」
音もなく現れるセバス。
何種類かのチーズと生ハムを乗せたトレーを、エルザの目の前のサイドテーブルに置いた。
エルザ「おや?これは?」
セバスチャン「ハムはマルコシアス様から、チーズは暮雨様からでございます」
エルザ「へえ。随分良いのを貰ったじゃないか。今度何か返そうかね」
セバスチャン「既に、手配済みでございます。あとは、エルザ様にお選び頂ければと」
エルザ「流石だね」
高級なチーズを、躊躇いもなく口に運ぶエルザ。
エルザ「ところでセバス。もう一つ手配してもらいたいんだけどね」
セバスチャン「なんなりと」
エルザが、グラスを口もとに運び、言った。
エルザ「ヘルタースケルターの奴に二人ばかり貼り付けたい」
セバスチャン「既に、人員の選定は済んでおります。直接お確かめになりますか?」
エルザ「いいや、この件に関しては、セバス。お前に一任する」
セバスチャン「身に余る光栄にございます。…では?」
エルザ「ああ。すぐにでも」
ドアの外で、何者かが一礼する気配がし、すぐに消えた。
エルザ「さて…と」
エルザがチーズを、細い指先でつまむ。
エルザ「そうそう。鴉の方で、ライムライト輸送ルートの露払いをしてくれる事になったよ」
セバスチャン「何よりでございます」
エルザ「とはいえ、鴉に任せきりというのも良くないからね。こっちも輸送隊を増強する」
セバスチャン「それがよろしいかと」
エルザ「と、いうことで。この件に関してはアドリエンヌに任せることにするけど、どう思う?」
セバスチャン「実力に関しては、差し支えないかと。ただ、人格面に少々難があると言わざるを得ないでしょうな」
エルザ「ローラン?」
ローラン「はい。私も、概ねセバスチャンと同じ意見です。ですが、他に適任の者がいない事も考慮に入れるべきかと具申いたします」
エルザ「ふん…。そうさね。なら補佐をつけるか。セバス。意見を聞かせな」
セバス「そうですな…。アドリエンヌ自身にも聞いてみるのが良いでしょうな」
エルザ「そうかい。じゃあ、マルグリット。探して呼んできな」
マルグリット「直ちに!!」
部屋を飛び出していくマルグリット。
ローランがグラスにワインを注ぐ。
エルザ「まったく…。腕は立つんだけどねぇ」
セバスチャン「お望みとあらば、私めが矯正してご覧にいれますが」
エルザ「いいよ別に。あれはあれで味があるってもんさ」
セバスチャン「寛大なご判断かと」
エルザ「そうだ、セバス。マルコシアスのとこと暮雨のとこに贈る返礼品、今選ぶよ」
セバスチャン「かしこまりました。こちらからお選び下さい」
セバスチャンが手を鳴らすと、ドアを開いて、カートに返礼品の候補を乗せた使用人が入ってくる。
使用人は、部屋にカートを運び込むと、一礼して退室する。
エルザ「ああ…。そういえば暮雨のやつ、蕎麦と茶が手に入らなくて限界だとか何とか溢してたねぇ…。安くはないが、ここは一つ恩を売っておこうかね」
セバスチャン「良いチョイスかと」
エルザ「マルコシアスには…何がいいか…。ローラン?」
ローラン「私ですか?…そうですね。ワインなど如何でしょう」
エルザ「悪くないけどありきたりだね。もっと意外性のあるやつがいいんだよ」
セバスチャン「であるならば、エルザ様、こういった物は如何でしょう」
シュヴァリエ邸の夜は更けていく。