第54話「ある男、アビー・マーガレット」
俺はいつも同じ夢を見る。
ジェラルド「ねぇ。何でそんな恐い顔してるの?」
スマイル「ん?そんな顔する訳無いじゃないか。ボクはスマイル、みんなのピエロだよ?心で泣いて顔で笑うのさ」
夢か現実か。よく分からないやつをだ。
ジェラルド「ねえ。いつ元に戻してくれるの?」
スマイル「すぐにだ。もうすぐだよ」
でも、分かってる。
ジェラルドは、弟はこんな風に俺に話しかけてこない。
ジェラルド「嘘つき」
スマイル「嘘じゃないさ」
俺は。
ボクはスマイルだ。
ジェラルドが見たかったピエロ。
あいつが夢にまで見たピエロのスマイルだ。
ジェラルド「いつまでそうやって逃げるのさ。本当は分かってるんだろ?」
スマイル「ハハッ。ご機嫌斜めかな?」
あいつが、こんな辛そうに喋るわけない。
こんな苦しそうな表情を浮かべるハズが無い。
ジェラルド「分かってるんだろ?お前に僕は救えない。ピエロなんかに出来ることは何もない。僕に必要なのはエルザ。白薔薇の団のエルザ・シュヴァリエだ」
スマイル「すまないね。ジェラルド。待たせ過ぎたようだ。すぐに戻してあげよう。すぐにだ。エルザなんて必要ない。ボクは、それだけの力を手に入れた。あの頃の、無力な子供は…、アビー・マーガレットはもう居ない」
でなければ、ボクは。
俺は。ボクは。俺は。
ジェラルド「嘘つき。スマイルなんて、ピエロなんてどこにもいないじゃないか。兄さんの嘘つき」
アビー「ジェラルド。待ってくれ。待っててくれ」
廃ビルの一室で目を覚ますスマイル。
汗で、メイクが落ちている。
メイク道具を手に、洗面所へと向かうスマイル。
鏡に写っていたのは、この世の全てを怨む男の顔だった。
アビー「エルザ・シュヴァリエ、か。クク…。俺は、どこかであいつを恐れていたのかもしれないな。逃げていたのかもしれない」
蛇口を捻り、水を出すスマイル。
冷たい水を顔にぶつけ、薬剤を手に広げる。
一旦、斑になったメイクを完全に落とす。
アビー「ふぅ…。得体の知れない物は怖い。どうしたって、俺にあいつは理解できない。あいつとは、何もかもが違う。あいつが光だとしたら、俺は闇ですらないただの影だ。ちっぽけでしみったれた、光を追いかけ続ける影」
スマイルが、丁寧に顔に下地を作っていく。
アビー「どうしたって、あいつには勝てない。少なくとも、俺では」
スマイルが、顔に白粉をはたいていく。
アビー「少なくとも、正面切っては勝てない。…勝てない」
スマイルが、顔にピエロのメイクを描いていく。
アビー「クク…。勝つ必要はない。あいつは勝手に負けるんだ。影じゃなく、闇に呑まれて」
スマイルが、最後に、口紅を大きく笑顔の形に引いた。
スマイル「そうだろ?最後に笑うのはボクさ。ハハッ」
スマイルは、ビルの地下へと降りていった。
光の届かない場所へ。




