第4話「湯浴み」
エルザ達を乗せた車が、一直線の道を走っていた。
両側を広大な芝生と植え込み、オブジェやオーナメントなどに彩られたこの場所は、シュヴァリエ邸。
エルザが当主を務めるシュヴァリエ家の屋敷である。
黒の街の中心部に建てられ、他とは一線を画す気品と静謐さ、優雅さを纏ったその場所は、黒の街に住む者で知らない者はいなかった。
中央に噴水を構えたフランス式庭園を越え、セバスチャンの運転する車は屋敷の正面玄関前に差し掛かる。
灯りの点った、玄関に通じる大階段の下には、2つの人影が控えていた。
ゆっくりと、寸分のズレもなく車が停まり、ローランが降りる。
そのまま車を回り込んだローランは、車のドアを開けてエルザを促した。
エルザの履くハイヒールが石畳みを打つ。
すかさず、ローランが傘を開き、エルザの頭上に差し出す。
ゾエ、マルグリット「「お帰りなさいませ。エルザ様」」
階段下に控えていた2人が、全く同じ所作で頭を垂れる。
彼女達は、髪の短い方がマルグリット。長い方がゾエ。
2人とも、エルザに仕えるメイドである。
エルザ「ご苦労」
ゾエとマルグリットが、丸まったレッドカーペットの端に金色の持ち手を付けたものを両側から手に取ると、エルザが階段を上っていくのに合わせて、2人も階段を上っていく。
ローランが、手を取りエスコートする中、粛々とレッドカーペットが敷かれていく。
エルザが階段を登りきり、ゾエとマルグリットが扉を開くと、シャンデリアが輝く、質実剛健といった様相の、無駄のない玄関ホールと、その両側に並ぶ使用人達が、エルザを迎えた。
使用人達「お帰りなさいませ。エルザ様」
エルザ「ご苦労」
使用人達が一斉に頭を下げる中、ローランが、毛皮のコートを広げて、エルザの後ろに立つ。
エルザは、コートに袖を通すと、使用人たちの間を抜け、正面階段を上って自室へと向かう。
エルザ「私は風呂に浸かるとするよ。お前は呼ぶまで好きにしてな」
ローラン「はい」
部屋の前まで、エルザに伴われて来たローランは、一礼したままエルザを見送る。
自室へと入るエルザ。
部屋の中には余計な飾りはなく、家具や調度品が品よく配置されている。
部屋の右隅に設置されたバスタブへと向かうエルザ。
そこへ、控えめなノックの音がする。
ゾエ「エルザ様。湯浴みのお支度に参りました」
エルザ「入りな」
タオルやブラシ、石鹸など、入浴に必要な物を抱えて、ゾエとマルグリットが部屋へと入る。
エルザがバスタブの近くに歩み寄ると、マルグリットが、窓と、バスタブの周りのカーテンを閉めた。
エルザ「今日は嫌な雨が降るね。傷が疼くよ」
ゾエ「湯上がりに、マッサージの用意もしております」
エルザ「ああ。強めに頼むよ」
マルグリットとゾエに手伝わせながらドレスとコートを脱いでいくエルザ。
ドレスを脱ぐと、痛々しい傷に覆われた背中が顕わになる。
首から下げたロザリオに手をやるエルザ。
白い薔薇の花びらが浮かぶバスタブへと脚をつけ、エルザは、そのまま半身をくぐらせていく。
マルグリットが、綿のような物で、エルザの右腕を洗っていく。
同様に、ゾエも左腕を洗いはじめた。
エルザ「留守の間、何かあったかい?」
ゾエ「いいえ。エルザ様。マルグリットがまたお皿を割ったくらいのものですわ」
マルグリット「おい、ゾエ!言わない約束だったろ?!」
ゾエ「エルザ様の前でその口の利き方はなに?」
マルグリット「はぁ!?お前が…」
エルザ「ははは。今月に入って12枚目かい。豪気なもんだね」
ゾエ「致命的に悪いだけですわ。どこがとは言いませんけれど」
マルグリット「いいのか?!そんな口利いて!!お前がワイン盗み飲みしてたのメイド長に言うぞ!!?」
ゾエ「痛くも痒くもないわ。証拠が無いもの」
マルグリット「このあたしの両の目がだな…」
エルザ「いいから静かに浸からせとくれ」
エルザの部屋に、静かに水音が響く。